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ほとんど追い出されるような形で飲み会の席を抜けてきてしまった帰り道。開始時間が遅かったせいで、腕時計はもう二十三時を指し示している。
二人とも無言でとぼとぼと歩いていると、二次会や三次会の会場を相談している感のある集団や、バスの最終に間に合わせようと走っている人達がやけに目に付く。
終了時間まであと数十分程度だったのだから最後まで居ても構わなかったんだが、自分の心理状態や周囲の冷やかしを考えると、これで良かったのかもしれない。
(そんな事よりも、だ。この先いったいどうやって『唯』という誘惑から、自分自身を引き離していけばいいのやら…… )
「司さん、今私と『もっと間を空けないと~』とか、考えてるでしょ」
まったくもってその通り過ぎて、違うとは言えなかった。
「な…… 何でそんな?」
あっさり見抜かれた事に少し動揺し、声が震える。
「分かるよー夫婦だもん。さっきからちょっと余所余所しいし。目を合わせないようにもしているし。すごく分かる易い」
「それだけでよく分かるな。刑事の素質、あるんじゃないか?」
「ないない!私は誰かを疑わないといけない仕事よりも、サービス業に従事してる方が性にあってます。ただね、経験的に分かるの。司さんが暗い顔して悩んでる時って、その後に必ずの様に私の事を避け始めるんだもん。ちょっと触れただけで、過剰に反応して逃げていくし」
「そうだった…… か?」
思い当たる事は確かにあるが、そんなに何度もやらかしていただろうか。
「新婚当時なんて酷かったじゃない。一緒のベッドにすら寝てくれないくらいに。その後も、短期間だったけど、何度も何度も似たような事で悩んでは私に『心配し過ぎだ』って怒られてるじゃない」
「そうかも、しれないが…… 」
(いつも不安で堪らないんだ、唯を失うのが怖いから)
何度も口にしている言葉の様な気がして、途中からは声にならなかった。
「俺達、今のままでもいいのかな?…… その——」
唯の前でそのままの言葉を使うのに多少抵抗を感じ、言葉が詰まった。散々抱いておきながら、今更かもしれないが、やはり妻とはいえ異性な訳で。直接的表現は抵抗がある。たとえ、行為の最中にはどんな卑猥な言葉を多用していようとも。
「いいと思うよ。少なくとも私は、新婚当初よりもずっと今の方が幸せだと思ってる。だって…… 司さんといっぱい繋がっていられるし」
そう言う照れ臭そういな顔がとても可愛い。
「えっと、あの…… 色々な意味で、ね?」
気恥ずかしそうに言うと、唯が俺の腕にしがみ付いてきた。
「司さんは仕事柄家に帰れない事も多いんだし、一緒に居る時は、好きなだけ好きな事していいんだよ。確かに、色々な場所にお出かけとかもしたいなって思う事もあるけど、もっと落ち着いてからでもいいと思うの。それに、イヤだったイヤだって言うから、私」
「…… 唯がそれでいいならいいんだが」
俯きながらそう言うと、唯が嬉しそうに微笑んだ。
「何度も同じ事で悩んでくれるって、それだけ私の事が好きってことだよね?そうなんだよね?」
小さな身体で、俺の顔を下から覗き込んでくる。その仕草の可愛さと、訊かれた質問の内容のせいで、俺は無言のまま顔を真っ赤にしながら唯から顔を背けた。
「図星なんだ。可愛いなぁー司さんは」
「か、可愛い!?んな図体のオッサンの何処がだ?」
「可愛いよ。何にでも真面目で、真剣な所が特にね」
否定したい気分だが、どうせ唯は聞いてはくれないだろう。他の奴に言われたら拳銃を頭に突きつけてやりたいくらいにムカツクが、唯に言われる分には、心底悪い気がしていないのも事実だった。
「…… 早く帰りたいな」
「疲れたか?そうだよな、こんな時間だし」
「違うの、あのね…… 今凄く…… 」
唯の言葉が詰まり、腕を掴む手にグッと力が入った。
「何だ?どうした?」
少し身体を屈め唯の顔を覗くと、真っ赤な顔で口をへの字に結んでいる。
「…… 司さんの事、今凄く抱きたいの」
唯がハッキリと要求してくるのは久しぶりの事で、俺は返事をする事無く即座にタクシーを拾い、家路についた。即決だった。
その晩は、『翌朝すぐに離婚されてもおかしくないな』と思う程に唯を求め続けてしまったのだが、彼女は幸せそうに微笑むだけだった。
心の広い妻に——いや、自分と同等と言っても間違いではない程ある妻の性欲に感謝しつつ、俺は今後先、どう新人に教育的指導をしてやろうかと思案しながら久しぶりの休みを過ごしたのだった。
「ほどほどにしてあげなよ?」
そう言う唯の苦笑いの混じった一言は、聞えなかった事しながら。
【番外編・完結】