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私がまだ、魔界に召喚されて間も無い頃。
変幻自在に炎を操る、ひとりの美しい悪魔に出会った。
彼女の名は、フィオナ・イフリート。
炎の魔神、イフリートの力と共に繁栄してきた一族の優秀な跡継ぎ。
それが彼女のキャッチコピーであり、彼女の全て。
『与えられた運命を全うするのが私の悪魔生(じんせい)。そのために生まれてきた私に、それ以外の意味など無いの。』
一度、運命に従い続ける彼女を疑問に思った私がそれを聞くと、この答えが淡々と返ってきた。
自分を縛ってまで、自分の家系を継ぐことは良いことなのだろうか。
誇りに思えることなのだろうか。
突然魔界に召喚された私には、分からない。
でも、彼女がひとりの時、とても哀しそうな目をしていたのを、私は知っていた。
「…フィオナ。貴女はどうして、泣かないの。貴女に悲しみの感情があるのは知っている。 なのに、何故泣かないの。涙を流さないの。哀しい時は、泣いていいのに。」
フィオナはそう聞かれても涙せず、顔を強張らせた無理矢理な表情を見せるだけだった。
そんな彼女の頑なさが、事件を起こしたのだろうか。
ある日、突然彼女が苦しみだした。
数分ほど息が出来ず苦しんでいたが、いきなり体から熱波を発し、空へと浮き上がった。
そして彼女の体は炎に包まれ、『オーバーヒート』状態になった。
オーバーヒートは、悪魔が保有する魔力が溢れ、悪魔本体が暴走してしまう症状のこと。
普段は精神的なストッパーによって魔力の暴走は抑えられるが、何らかのきっかけで それが外れてしまうと戻すのが難しく、最悪の場合死に至る。
悪魔によってオーバーヒート状態に差はあるが、彼女の家系の場合、全身が焼けるように痛んで、 やがて自分の中に眠るイフリートに体を乗っ取られてしまう。
何が彼女をそうさせたのかは、分からない。
私には、家も家族も、元々居ないから、分からない。
それでも、私は彼女に向かって叫んだ。
「フィオナ!泣いて!貴女がもう助からないのは知ってる!救われないのも! 貴女だって自分で分かっているでしょう!だったら、最後くらい、泣きなさい! どうせ死ぬなら、最後まで辛いルールなんかに縛られずに、泣いて終わりましょうよ!」
私は、人間だから。
弱いから。
フィオナを救うことが出来ないことなど、始めから分かっていた。
だから、最後くらい泣いてから消えて欲しかった。
オーバーヒートで死んでしまった悪魔は、魔力の粒子となって消える。
彼女が居たという痕跡など、微塵も残らない。
『…泣けない。泣けないの…。涙を流しても、この炎で蒸発してしまうから…。』
そう言いながら、彼女は泣いた。
涙が、落ちたそばから蒸発して、無に帰しても。
泣かずに、家系の誇りを守ることを強要されていても。
最後に、彼女は泣いてくれた。
彼女は消えた。
泣きながら、その身と涙を燃やす炎と共に、魔力の粒子となって。
決して泣かず、そして笑わなかった、掟と運命に縛られた彼女は、今どうしているだろう。
きっと、もう何にも束縛されずに、自分のために笑っていることだろう。
あの、焼けるほどに熱く、そして優しかった焔の中で。