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(これ、持って帰ったら買わずに済むよね)


そんなことを思いながら、上がりかまちに惣菜入りの袋をそっと置いて、散らばった靴をいつもの習慣でシューズクロークに仕舞う。

そうしながらそんなことを考えていた結葉ゆいはだ。



床に置いていた紙袋をもう一度抱え上げてから、振り返った玄関先は、いま結葉ゆいはが脱いだスニーカーだけがある状態に片付いていた。


「よし……」


(やっぱりここには靴、散らばってない方がいい)


部屋が荒れると、そこに住む人間の心もどんどんすさんでしまう気がして片付けずにはいられなかった。


実際は逆なんだろうけれども、結葉ゆいははここを綺麗にすることで、少しでも偉央いおのゴチャゴチャした心が整えばいいな、と思った。



***



リビングに入ると、カーテンが閉ざされたままの室内は薄暗くて。


何だか暗い、というだけで家の中の空気もどんよりと重苦しく感じられてしまう。


実際には二四時間換気システムのおかげで、窓を開けていなくても空気が澱むということはないのだけれど、明るさの与えるイメージというのは大きいらしい。


偉央いおさん、もしかして長いことカーテン、開けたりしてないのかな)


空気がずっと滞留しているような息苦しさを感じた結葉ゆいはは、カーテンを開けて部屋に灯りを取り入れる。


そのままキッチンに行くと、カウンターの上に持ってきた荷物を一旦置いてから、換気扇のスイッチも押した。

ついでに切タイマーもオンにしておいたので、もし切り忘れてここを出ることになったとしても数分経ったら自然にファンが止まるはずだ。


高層階に位置するこの部屋は、窓を開けると風が強過ぎて部屋の中のものが散乱してしまうから、基本的には換気のために窓を開けることは出来ない。


自分がここに滞在する時間はごくわずかだけれど、せめてその間くらいは、と思ってしまった結葉ゆいはだ。


「よしっ」


小さく気合いを入れるようにつぶやくと、結葉ゆいはは紙袋の中から持ってきたタッパーを一つずつ取り出していく。

ひとまず全部を袋から出して台上に並べた後で、冷蔵庫を開けてみてどこに入れるか思案しようと思って。


久しぶりに対面する、長らく慣れ親しんできた愛用の冷蔵庫に、何だか感慨深い気持ちになる。


真ん中のところに切り込みがあって、両側に向けて扉が観音開きになる冷蔵庫は、二人ぐらしには十分すぎるほどの大きさの六〇〇リッターで、いつも中にはそこそこにゆとりがあったのだけれど。


(嘘……。何にも入ってない……)


開けてみると、びっくりするぐらい物が入っていなくて。


肉や野菜はおろか、牛乳や卵すら貯蔵されていなかった。


確かに冷たい飲み物が欲しければ、最悪ウォーターサーバーの水を飲めばよい。


だけど……それにしたって。


逆に結葉ゆいはが作って飲んでいた麦茶がそのまま入っていたのにもゾクッとして……絶対傷んでるよね、と思った結葉ゆいはは、それを冷蔵庫から取り出して中身を流しにぶちまけた。


何だかよくわからないモヤモヤとしたものが浮いていた、「お茶〝だったもの〟」に、思わず眉根が寄ってしまったのは仕方がないだろう。


水を出して流しから気持ちの悪い液体を洗い流してから、空になった容器を洗おうとスポンジを手にして、ふと止まってしまった結葉ゆいはだ。


(着たままだと袖口が濡れちゃう?)


いま上に羽織っているのは、そうと一緒にショッピングモールで買ったコートだ。

朝、そうが暖かくして行けと言ってくれたから着てきたのだけれど。

濡らしてしまうのは忍びなくて、いそいそと脱いでカウンター横のスツールに掛けると、容器を丁寧に手洗いして、流し横の網棚に伏せる。


「よしっ」


そこまでしてから結葉ゆいははタオルで手を拭いて惣菜入りのタッパーに向き直った。


何も入っていない冷蔵庫の中は、難なく持ってきた六つの容器が収納出来そうでホッとする。


冷蔵庫の扉を開けて中に一個ずつタッパーを収めていきながら、なるべく全部がパッと見渡せるように全てを手前に来るよう配置し直して。


「うーん」


でも、ラップやアルミホイルなどで仕切りを作った結果、半透明な容器の中はぱっと見、何が入っているのか分からなくて悩ましかった。


(中身が分かるように見出しシール、つけとけばよかった)


そんなことを思いながらゴソゴソしていたら、背後でガタッと音がして、「……結葉ゆいは?」と声を掛けられて。


予期せぬ呼び掛けに、結葉ゆいははビクッと肩を跳ねさせる。


この家の中で自分の名前を呼ばわる人物なんて一人しかいない。

それに、このゾクリとくるような低音ボイスは偉央いお以外の何者でもないのは分かりきっていた。


だけど。


それが信じたくなくて、結葉ゆいははなかなか振り返ることが出来なかった――。



***



「い、お、さん……」


ゆっくり振り返ってみると、やはりそこに居たのは偉央いおで。


結葉ゆいははオロオロと視線を彷徨わせる。


「もしかして……帰ってきて……くれた、の?」


ポツリポツリと、まるで答えを聞くのを怖がっているみたいに問いかけられて。

それが分かっていてもどうしようもないから懸命にフルフルと首を横に振ったら、偉央いおがとても悲しそうな顔で結葉ゆいはを見詰め返してきた。


覇気が全く感じられない偉央いおの様子に、一瞬ほだされそうになった結葉ゆいはだ。


でも、ここで選択肢を間違えたらまた元の木阿弥になってしまう。


偉央いおには見えない所でグッと拳を握って自分を鼓舞すると、結葉ゆいはは小さく吐息をついて、寝室前に立つ夫をじっと見つめた。


偉央いおさん、お手紙くれたでしょ? 『もう一度私の手料理が食べたい』って……。だから……」


流しの縁を掴んだ手に、知らず知らず力がこもってしまう。


結葉ゆいはは指先が白くなるぐらいギュッとそこを握ってしまっていたことに気が付いて慌てて手を離すと、恐る恐る偉央いおの反応をうかがった。


今は距離もさることながら、システムキッチンが間にあるから、おいそれと偉央いおに触れられる心配はないはずだ。


だけど少しでも偉央いおがこちらに近付いてきたら、しっかり距離を取ろうと思って。


警戒心が視線に滲み出ていたのかもしれない。


偉央いおは小さく溜め息を落とすと、

「……そっか。わざわざ……僕のためにそんなことを。本当に有難う……」


それでも淡く微笑んで。


その悲しそうな笑顔に、結葉ゆいははギューッと胸が締め付けられる。



偉央いおさん、痩せた?)


いや、痩せたというよりやつれた、と言った方が正しい気がした結葉ゆいはだ。



偉央いおさん、ご飯、ちゃんと食べていらっしゃいますか?」


思わずそんなことを問い掛けてしまったのは、偉央いおが余りにも弱々しく見えたから。

結婚相手を間違えました

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