テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
🐸『カエルが運ぶ恋』
第七話「ヒットの向こう側」
一軍のグラウンドに立つのは、実に一ヶ月ぶりだった。
ベンチから飛び出し、守備位置につく瞬間。
スタンドから、久々に聞こえてくる“あの声”が、胸の奥に染み渡ってくる。
「栄光つかむために――」
「小郷健斗 共に行こう!!」
背番号33。
センターを守る小郷健斗は、声援に応えるようにキャップに手をやった。
スタメンは3番・センター。
復帰戦としては重すぎるほどのプレッシャーだったが、不思議と足取りは軽かった。
なぜなら――
観客席には、ひとりの女性の姿があったからだ。
りなは、球場のグッズショップで買ったチームのキャップをかぶり、
ちょっと場違いなくらい静かな気持ちで席に座っていた。
でも、見つけられる。どこにいても、彼だけは。
センターに立つ、あの背番号33。
夕陽を受けて眩しく見えるその背中に、りなは目を細める。
「行ってこい、小郷さん」
ポツリと呟いた声は、球場の喧騒には届かない。
だけど、その想いは確かに届いていた。
試合は序盤から動く
1回裏、小郷の第1打席。
打席に入ると、球場全体がざわつく。
「3番センター 小郷健斗、背番号33、!」
観客が一斉に立ち上がる。
応援団が歌い出す――
「栄光つかむために……」
――バットを握る手に、微かな震え。
けれど、視線の先にあるスタンドで、確かに彼女が笑っていた。
その笑顔を、絶対に裏切りたくない。
1ボール、2ストライク。
次の球――内角高めの速球。
振り抜いた。
快音が響く。
打球はライナーでセンター前へ。
1塁ベースに到達した瞬間、彼は拳を握った。
スタンドが湧いた。
応援歌がもう一度、大きく鳴り響く。
ベンチに戻った小郷に、仲間が声をかける。
「さすがだな、健斗。やっぱお前が帰ってくると、空気変わるわ」
「……ありがと。でも、オレ一人じゃ戻れなかった」
誰に言ってるんだよ、と仲間が笑ったが、健斗はそっと空を見上げた。
スタンドのどこかにいる、彼女に――心でつぶやいた。
「見ててくれて、ありがとう」