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第7話:風の音を聞ける人
昼休み、校舎裏の小さな掲示スペース。
数日前に詩が貼られていた場所には、誰かの手によって一枚のメモが残されていた。
文字は乱れていた。端が破れて、にじんでいる。
けれど、たしかにこう書かれていた。
> 「あの言葉、たしかに聞こえたよ。」
ミナトの心臓が、一拍だけ速くなった。
午後の授業は「倫理と秩序」。
スコアが高い生徒たちは教師のAI端末を前に、表情ひとつ変えず“模範的な答え”を選んでいく。
ミナトはそのなかで、ふと教室の端に座る少女に目を留めた。
イズミ・ナナ――
栗色の髪を肩で結び、制服のリボンはわずかに緩められている。
規則から逸脱しない程度に、どこか**“風通しのある雰囲気”**をまとっていた。
彼女のスコアは58点。優良でも危険でもない、グレーゾーン。
ただ、ミナトにはわかった。
彼女もまた、“音を聞こうとしている人間”だった。
放課後。
校舎の外れ、空気清浄ユニットの陰にナナの姿があった。
そこは風の流れが集中する場所で、規則正しいドローンの飛行音とは別の、自然な風音が混ざって聞こえる。
ミナトはためらいながら声をかけた。
「……あれ、君が置いた?」
ナナは驚くこともなく、振り返った。
「うん。……ごめん、勝手に見た。でも、どうしても黙ってられなかった」
二人は、風の音の中で立ち尽くす。
ナナが、ほんの少し笑った。
「音がしたんだよ。読んだとき、頭の中が。
この世界、全部が静かすぎて、
……だから、自分の気持ちの音に気づけたの、久しぶりだった」
ミナトは驚いた。
その言葉は、まさに自分が「詩」に込めたものだったから。
「君……怖くないの?消されるかもしれないって」
そう聞いたとき、ナナは少しだけ考えて言った。
「うん、怖いよ。
でも、黙ってるほうがもっと怖い。
“感じたこと”を、感じなかったことにするほうが」
その日、ミナトは初めて、
自分の“声”が、誰かに届いたのだと、確かに実感した。
帰り道、空は人工雲の下、無色透明だった。
だが、二人の背中に吹く風だけは――
この都市が制御できない、不規則な揺らぎだった。