闇の霊堂が破壊されてから1ヶ月が経った。
まず聖教国と聖教団の首脳陣が考案した各国や冒険者ギルドと協力体制を築く取り組みだが、残念ながらそれほど上手くいっているとは言えなかった。
大きな問題として挙げられるのは大陸の南側諸国にまつわる問題である。
幾つもの小国が集まる南側では、今も紛争が絶えない。
本来、彼らのリーダー的な役割を担うはずである大国グローリア帝国は完全に門戸を閉ざしており、他国の紛争には我関せずという姿勢を貫いている。
協議の為に送られたミンネ聖教国の使者も国境で突き返されるため、国の中がどのようになっているのかすら分からない状況らしい。
ミンネ聖教国及び聖教団は人と人の争いには介入しないという決まりがあったが、この時世ではそう言ってもいられない。
ミンネ聖教騎士団は今、紛争解決のために奔走しているようだ。
彼らが動けない分は全国の冒険者ギルドが協力してくれているようで、冒険者たちが邪魔討伐に駆り出されることも多くなり、有事の際には彼らが派遣される手筈となっている。
だがやはり冒険者は自由な職風であるため、そこまで纏まりがあるわけではないのが悩みどころだ。
世界全体で見ると大きく変わったようで、まだそれほど変わってもいない。
ただ世界では魔泉の異変が酷くなっており、邪魔の存在も世界各地で確認されるようになってしまった。
そんな世界情勢の中で私たちは今、ゲオルギア連邦南東部にあるカルブンクルス地方で活動していた。
◇
「冒険者たちは撤退した……細かいのを散らしていくよ、ノドカ!」
『はい~、まかせて~』
私は魔力の翼で空を飛びながらテネラディーヴァを抱え、広域に風の刃を展開する。威力はそれほどでもないが、広範囲の敵を巻き込めるようにしたものだ。
それと同時にみんなから酷評される私の歌で眷属スキル《カンタービレ》を使用する。
全く酷い話なのだが、私の歌でこのスキルを使うと範囲内の魔素を分散させ、範囲内にいる生物からもジワジワと魔力を奪っていく効果があるらしい。
私の歌は呪いか何かか。
この歌のおかげで敵の抵抗力が削がれることによってこちらの攻撃の通りが良くなるのだが、もちろん味方であろうが関係なく作用してしまうのが悩みの種だった。
私の歌で小型の邪魔化した魔物たちが苦しみだし、その動きを止める。そこに風の刃が殺到した。
上から戦場全体を見て、次の行動に移る。
「こんなものかな……ヒバナ、シズク!」
「こっちはいつでも大丈夫よ!」
「う、うん。来て、ユウヒちゃん!」
私は地上のヒバナとシズクの元に即座に降り立った。
「モジュレーション――トリオ・ハーモニクス!」
ノドカと入れ替わるように、ヒバナとシズクとの【ハーモニック・アンサンブル】を展開する。
私の服装がふわふわのドレスから魔法使いみたいなローブと三角帽子姿に変わり、髪の色も変化した。
「少し~休憩~」
「うん。お疲れ様、ノドカ。……さ、行こうか」
数歩前に出た私は右手にフォルティア、左手にフィデスを持ち、舞うようにリズムよく振っていく。
その度に炎と水が飛んでいくのだから中々爽快感がある。
『ユウヒ、狙いがブレるってば!』
『そのクルクル回るの、意味ないよ……?』
調子に乗り過ぎたらしい。
ちゃんと狙いを付け直し、こちらに向かって飛んでくる様々な属性の魔法を相殺しながら、数体ずつ確実に仕留めていく。
「マスター、敵が接近してきています。わたしが迎撃を――」
「大丈夫だよ、コウカ! 今回は私たちだけでどうにかなりそうだから」
「――ッ」
私はフォルティアとフィデスを連結させ、1本の杖とした。
そして向上した身体能力で5メートルほど跳躍する。
「【ブレイズ・ブレス】!」
高火力の炎で弾幕を潜り抜けた敵を薙ぎ払うと、熱風が吹き荒れる。
攻撃を終え、着地しようとした私に敵の魔法が殺到するが、それは大きな盾が防いでくれた。
「もう、いつもはノドカ姉様の仕事だよ?」
「んふふ~魔力の節約~……」
ダンゴが口を尖らせながら振り返るが、ノドカは締まりのない顔でふわふわの枕を取り出して顔を埋めて眠ってしまった。
それにはダンゴも毒気を抜かれたのか、それとも最初から怒っていなかったのかは分からないが、困ったような笑みを浮かべている。
「ありがとね、ダンゴ」
「えへへ、どういたしまして」
はにかんだダンゴに笑顔を向け、私は残った魔物たちに向き直った。
フォルティアとフィデスの連結を解除し、最初と同じように手数で勝負する。
――そうして粗方仕留め終わった時、敵後方に光が見えた。
「ダンゴ!」
「うん!」
その短いやり取りだけでダンゴは私が何を言おうとしたのかを察してくれた。
「モジュレーション――デュオ・ハーモニクス! みんな、後ろに!」
光から飛び出した私は左手の大盾を光に向けて垂直方向に構えた。
盾となったイノサンテスペランスが敵の光線を弾き、拡散させる。
その際、風に煽られた私のマントがはためき、気持ちのいい音を鳴らしていた。
攻撃が止んだことで、構えを解いた私は対象の姿を確認する。
鈍色の巨体を持ったゴーレムが音を立てながら猛スピードで接近してくる。
ミスリルゴーレムが邪魔となった存在が先ほど光線を放ってきた敵の正体だった。
「私たちの魔法は通りづらいわ」
「うん。あたしたちは周りの敵を倒してるから、ユウヒちゃんはあのミスリルゴーレムをお願い」
火や水といったあらゆる魔法への耐性が高いミスリルゴーレムに最も有効的なのは物理的な攻撃だ。
無論、半端な攻撃など意味を為さないが私とダンゴなら問題はない。
『まっすぐ突っ込んで来てくれるみたいだね!』
「なら、真っ向勝負で行くよ!」
イノサンテスペランスをガントレットの形状へと変化させ、地面を揺らしながらまっすぐ突き進んでくるミスリルゴーレムと対峙する。
そして凡そ10メートルの距離まで近付いてきたミスリルゴーレムが体を捻り、拳を突き出してきた。
勢いと質量任せの攻撃だ。なら、こっちも同じように対抗するだけだ。
『ボクのスキル《グランディオーソ》!』
「はぁぁ! 砕けろッ!」
巨大な拳同士がぶつかり合い、大きな音を鳴らすと同時に勝負は決まった。
ミスリルゴーレムの拳に罅が入り、それが肩口まで伝播した瞬間に敵の腕全体が崩壊する。
続いて左拳を敵の胴体に向けて突き出すことで、その鈍色の巨体を後方へと押し出した。
私は霊器をガントレットからハンマーに変え、大きく振りかぶる。
地面とほぼ水平に振り抜かれた鉄槌はミスリルゴーレムの胴体部分と接触した瞬間、豪快な音を鳴り響かせると共にそれを打ち砕き、トドメとなった。
◇
「魔力消費は?」
「うーん、半分も行ってないくらいかな」
「それでも相当ね。やっぱり魔力量に余裕ができるまでは戦い方を見直した方がいいんじゃない?」
「そうかなぁ……?」
戦いが終わり、同時に魔素鎮めも終わらせた帰り道、ヒバナとそんなやり取りをしながら歩く。
彼女の言うことは何も間違ってはいない。状況に合わせてハーモニクスを頻繁に切り替える戦い方は魔力の消費がどうしても多くなる。
今回のようにそれで終わるならいいのだが、敵の数が多かったり、その後に連戦が控えていたりするとどうしても厳しい戦いとなってしまうのは容易に想像がつく。
「全部ユウヒちゃんが頑張る必要はないんだよ? 前みたいにあたしたちにも任せてほしいな……」
「そうだよ。ボクたちだって強いんだからね!」
確立しつつあった戦い方ではあったが、そういうことなら見直してみようかな。
「コウカとアンヤも今までごめん。これからはまた頼らせてもらってもいいかな?」
「……はい!」
「……ええ」
最近、コウカとアンヤに頼る機会は減っていたし、それでコウカが思い悩んでいたのは知っていた。
多分それだけではないと思うが、それでもこれからは少しでもコウカの悩みが解決してくれたらいいと思う。
――未だに私はどこまで彼女のデリケートな部分に踏み込んでもいいものかと足踏みしているのだ。
そうして街に戻った私たちを待っていたのは、人々の歓喜に打ち震える声だった。
「皆さん、北の森と東の山脈にある魔泉の異変は終息しました。これであれらの場所も元の姿を取り戻すはずです」
「見てたぜ、救世主。あんた、マジで最高だな!」
「ありがとうございます、救世主様。これでこれからもこの街に住み続けられます!」
救世主。私はそう呼ばれるようになった。
理由は単純で、ミンネ聖教団によって正式に私の持つ力が全国に周知され、女神ミネティーナ様が認める救世主であると人々が知ったからだ。
元々普通の冒険者の時に活動していた地域ではスライムマスターの知名度からか私のことはすぐに受け入れてもらえ、前から魔泉の異変が治まったという事象の理由が判明したことで誰もが納得してくれたようだ。
また最初は疑心的な地域であっても、活動を続けることで次第に信用を得ることができている。
「アリアケ様、宿へとご案内いたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
連邦軍の人が民衆に囲まれる私の側にやってきて、そう口にした。
もう日が沈むので、今日の活動は終わりだ。だが今日を休んだとしても明日の朝には別の街を目指して出発することになる。
救世主となった私たちは中々多忙なのであった。
「……マスター、少し鍛錬してきます。寝る時間くらいまでには戻りますから」
「コウカ……またなの? ご飯とお風呂は?」
「今日は大丈夫です」
そうしてコウカは軽く頭を下げると踵を返し、奥へと消えていった。
その背中を見送る私の鼓膜がヒバナの声を拾う。
「今日“も”の間違いよね」
「コウカ姉様、やっぱり進化できないのを気にしてるのかな?」
ヒバナに続き、ダンゴも心配そうな面持ちでそう口にした。やはりダンゴにもそう見えるのか。
今のコウカはどう見ても焦っていた。
多分、最初から私と居てくれていたのにアンヤ以外のみんなと比べて進化が遅れていることが、彼女の抱える悩みの大きなウェイトを占めているのだと思う。
かと言って気にするなだとか焦るなだとか、そんな言葉を投げ掛けても強さを求めている今のコウカには効果がないどころか、却って焦燥感を煽る結果になりかねない。
この問題は本当にデリケートで難しい。
もしかすると本当にあの子が進化するまで解決しないのかもしれない。
「ダンゴちゃん~、お姉さま~。帰る前に~ヘルちゃんたちを~見に行きましょう~」
「あ、そうだね、ノドカ姉様! ちゃんとケアしてあげないとね!」
私たちの旅を支えてくれる4頭のスレイプニルたち。
彼らの世話は私たちの旅において、非常に重要なことであった。
コウカが居ないので、彼女の乗る白馬エルガーは私たちの手でしっかりと世話しよう。
せめて、これくらいは彼女の為にもやっておいてあげたい。
――でも、本当にこのままでいいのだろうか。
◇
次の日の朝、起きると部屋の中にコウカが居た。
「おはよう、コウカ……ふぁ……」
「おはようございます、マスター」
まだみんな夢の中にいるようだから、できるだけ音を出さないようにそっとベッドから起き上がる。
そして私は部屋着の上から上着だけを羽織って、窓から外を眺めていたコウカの隣に並んだ。
「気持ちのいい朝だね。コウカは昨日、よく眠れた?」
「……ええ、それはもう。戻ってきたらすぐに眠ってしまいました」
――ああ、コウカは噓つきだ。
背中は汚れたままだし、コウカの為に空けていたベッドもベッドメイキングしてもらった状態のままじゃないか。
「そっか……ならよかったよ。もう、中々戻ってこなくて心配してたんだから」
そして私は肝心なところで踏み込めないほどに臆病で、大馬鹿者だった。
コウカと会話しているうちに少しずつみんなが目覚めはじめる。
そうしていつも通りの朝の時間がやってきた。
「ダンゴちゃん〜髪が乱れてますよ~? 整えるから〜こっちに来て〜」
「うん……」
髪がぼさぼさで寝ぼけ眼のダンゴを同じく髪がぼさぼさなノドカが櫛を手に持ちながら呼び寄せる。
「いや、あなたが言えたことじゃないでしょ」
「えへへ~わたくしは〜大丈夫ですよ〜。なんと言っても〜これがありますから〜」
ヒバナの指摘に対して、ノドカは桜色のカチューシャを使って髪を押さえつけることで対抗する。
だが、押さえられたのは一部だけでそのほかの場所では髪が跳ねているままだ。
それにはヒバナも呆れた顔をするしかなかったのだろう。
「……それじゃ誤魔化しきれてないわよ」
鼻歌交じりにダンゴの髪を整えるノドカを眺めているヒバナだが、今は彼女もダンゴのように髪を整えられている立場だ。
「できたよ、ひーちゃん。次はあたしね」
「ん、ありがと。シズ、むこう向いて」
シズクは手に持った櫛をヒバナに手渡すと、代わりに取り出した本を開きながらヒバナへと背中を向けた。
「じゃあ、アンヤは今日も私がやるからね」
「……ん」
自分の身嗜みは素早く整え、私はアンヤの髪を整える。
下ろすと地面に着くくらい長いダンゴの髪もそうだが、気合を入れて取り掛からないと膝裏までの長さがあるアンヤの髪は整え終わらない。
素直な髪質なのが救いか。
「あはは、まだ眠い?」
「……うん」
アンヤは素直に首を振る。
少し頭が揺れていたので、尋ねてみれば案の定だ。
「ずっと眠かったら、移動中に寝ててもいいからね」
「……ありがとう」
組み合わせが変わることもあるが、これが私たちの朝の時間だった。
その後は朝食を取りながら今日の予定を話し合う。
とは言っても、私たちの間で前から話していたことと相違はない。
「今日はエストジャ王国まで行くんだよね……?」
「そうだよ。この国も落ち着いてきたみたいだからね」
ゲオルギア連邦の隣国、エストジャ王国。
その国でも例に漏れず、魔泉の異変が起こっている他、最近では邪魔の姿も確認されるようになったらしい。
「でもあの国、あまり評判よくないじゃない。貴族に難癖付けられたりでもしたら面倒ね」
「全部が全部そういう貴族ばかりじゃないよ、きっと。それに私たちの後ろには教団がいるんだから何もしてこないよ」
「……だといいけどね」
ヒバナが不安がるのも分かる。
エストジャ王国は国王をトップに据えた国でその下には領地を与えられた貴族たちがいる。知っている国の中ではラモード王国の体制に近いだろう。
厄介なのはその貴族たちの中でも貴族主義とかいうものを掲げている人たちだ。
領民や冒険者などを見下して横暴な振る舞いをする貴族がいるせいで、冒険者にとっては活動しづらい国なのだそうだ。
だが私たちは冒険者ではなく救世主としてその国へと赴く。
世界で影響力のあるミンネ聖教団が背後にいる私たちをどうにかしようとは思わないはずなので、実のところあまり心配はしていなかった。
「大丈夫だよ、ヒバナ姉様! なにがあってもボクが守るから!」
「はい。マスターの邪魔をするのなら容赦しません」
「いや、物騒すぎ! そんなに身構えなくても案外大丈夫なものだよ、こういうのって」
胸を張るダンゴを微笑ましい感じで見ていたのだが、コウカの発言は物騒過ぎるので少し笑ってしまいそうになりながら宥めた。
こういう話は広まっていくほど誇張して伝えられるものだから、先入観を持ってしまうのはあまり良くないだろう。
そんなやり取りをしながらも朝食を摂り終えた私たちは自分たちのパートナーの元へ向かう。
「おはよう、ミラン」
ミランはまるでそれを返答とするかのように、静かに鼻を鳴らしてくれた。
それからアンヤと協力してミランをケアしつつ、その体調をチェックする。
スレイプニルほどの魔馬となれば体調を崩すことなどまずないのだが、これはスキンシップを兼ねているので大切なことだ。
ミランは落ち着いた子なので、全ての手順が順調に進んでいく。
そして全て終われば、コウカとエルガーの元へと向かう。
一応コウカは真面目に手順をこなすのだが1人では2人体制の私たちと違って時間が掛かることに加え、反抗的なエルガーと喧嘩して手が止まることがあるので、その監視のような意味合いもある。
「エルガー、おはよう」
彼の首筋を撫でながら挨拶すると、彼は挨拶を返すように鼻の先でほんの少しだけ私の身体を小突いた。
この白馬が私に反抗することはほとんどない。というか、それは他の子たちに対しても同様のことが言えた。
彼が反抗的なのはコウカに対してだけなのだ。
「わたしには何もなかったのに……今からでも遅くありませんよ、エルガー?」
蹄を点検していたコウカがそう問い掛けると、彼はしゃがみ込んでいたコウカ目掛けて脚を蹴り出した。
咄嗟に悲鳴を上げそうになるが、コウカが何事もなくその脚を手で受け止めていたので、私はそっと胸に詰まる息を吐き出す。
そんな私と共鳴するかの如く、コウカは深いため息をついた。
「……本当にあなたは生意気ですね。普通の人なら大惨事になるところですよ」
「コウカ、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。……もう、あなたのせいでマスターを心配させてしまったじゃないですか」
今日もコウカとエルガーは平常通りだった。
その後、鞍や手綱をはじめとする馬具を装着して出発する準備を整える。
私は一足先にミランに跨り、地上にいるアンヤへと手を伸ばした。
「アンヤ、おいで」
「……ありがとう」
私の手を掴んだアンヤを勢いよく引き上げる。
こんなことをしなくても身軽なアンヤはミランの上に乗ることができるだろうが、手を引いてもらった方が彼女も楽だろう。
そして小さな彼女を前に座らせ、私は手綱を握った。
みんながそれぞれの魔馬に乗るのを見届け――コウカが手間取っていたのは言うまでもない――ゆっくりと歩き出す。
コウカが乗るエルガーも団体行動をするときに輪を乱すような行為はあまりしない。それでも時々はするのだが。
すれ違う人々が頭を下げて来るのでそれに応じながら、私は空を仰ぎ見た。
「あんまり天気は良くないね……シズク、ノドカ、いつ頃降り出しそうかな?」
「えっと……この匂いだとしばらくは大丈夫だと思うけど……」
「う~ん、この風だと~夕暮れまでには~到着したいですね~」
なら、まだ余裕があるか。
そうしてそれぞれの予想を告げてくれたシズクとノドカに礼を言い、今後の道順を考えながら街の出口付近まで進んできた時だった。
待ち構えるように集まっていた街の人が数人、私たちに駆け寄っては取り囲んできたのだ。
「救世主様、お願いがあります! 北の森で解熱剤になる薬草を取ってきてもらえませんか? 今すぐ子供に必要なんです!」
「あの、東の山脈で――」
次々と自分たちの要求を告げる人々。異変が治まったばかりだからか、今は少し物資が不足気味のようだった。
直に解決する問題だろうが、今すぐ必要な人もいるわけだ。
「私たちは便利屋じゃ――」
「分かりました。私たちでどうにかしましょう」
ヒバナの声を遮り、私は人々に聞こえるように大きな声を張り上げた。
口々に感謝を告げる人々の中を掻い潜り、進路を南東から北に切る。
街の外に出るとヒバナとシズクを乗せたロスが私の隣に並んできた。
「ちょっと本気? 予定はどうするのよ」
「ごめんね。でも救世主としても、私個人としてもやっぱり困っている人は見過ごせないよ。今日中には予定していた街まで行けるだろうから、それは心配しないで」
「……ならいいけど」
不服そうではあるが理解して引き下がってくれたヒバナに変わり、今度は彼女の前に座っていたシズクが口を開いた。
「えっと、細かいところまで掬い上げようとするのは大変だよ。あ、ある程度は妥協することも考えないと……」
「うん、ありがとう。でも私は……それがいくら大変でもやらなくちゃいけないから」
「……そっか。ユウヒちゃんにはあたしたちもいるんだってこと、忘れないでね……」
私は彼女の言葉にしっかりと頷く。
――ちゃんと分かっているよ、シズク。
みんなが迷惑に感じない範囲はしっかりと守るつもりだ。
それで嫌われてしまったら本末転倒も良いところだし、きっと耐えられない。
「よし、一気に駆け抜けるよ。みんな付いてきてね!」
結局、街の人に頼まれていた案件が全て完了したのは昼過ぎになり、私たちは急いでエストジャ王国との国境へと向かうことになるのであった。
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