「やはり天竺の主力は鶴蝶一人」
カラン、とイザナさんの耳飾りが耳元で風鈴の様な涼しげな音を鳴らす。
グチャリと耳を塞ぎたくなるような不快音が響くなか、ボロくずのように地面に倒れ込んでいる黒い服の男性たちの視線と、イザナさんとお揃いの赤い服を着ている男性たちの視線はとある2人組に注がれていた。
「オレがいる限り東卍は負けねぇんだよ」
みんなの視線の先には鶴蝶さんと金髪の少年が歪な雰囲気を纏いながら向かい合っていた。
顔を体も全くもっと無傷な鶴蝶さんと反対に相手の少年の顔にはいくつもの傷が浮かび上がっている。血塗れで、皮膚は顔を覆うように大きく腫れあがっており、きっと立っている事すらも困難だろう。
『……』
あまりのグロテスクな有り様に言葉を失う。
戦場と化したこの状況は、目を圧するほどの迫力があった。
「負けらんねぇって覚悟がねぇ」
不気味なほどにシィン…とする沈黙を埋める様に彼は静かに言葉を紡ぐ。
緊張感が渦巻くこの状況に圧迫され、ぎゅっと体を固くする私を気遣うようにイザナさんは私を抱きしめる力を少し強めた。少し前までは苦しかったこの体を包み込むような優しい圧迫感も今では酷く心地よかった。
はち切れそうなほどの胸のドキドキを感じながら、改めて本当にイザナさんが好きなんだと実感する。
酷く懐かしい雰囲気を放つ彼が、甘く優しく怖い彼が、
『…好きです、イザナさん。』
「なにいきなり、めっちゃ可愛い。…オレも大好き」
溢れ出る嬉しさを噛み締めるようなイザナさんの声色に、場違いな喜びが電流のように全身を通り抜ける。吹きこぼれそうなほどの喜びを抑えきれない。
それと同時に頭部に襲い掛かる謎の既視感とひび割れるような痛み。
「なんかここだけ空気甘くね?温度差で風邪引きそう。」
「なぁ稀咲……て、アイツいつの間にかあそこに居んだけど。なんだアイツ瞬間移動使えんのか。」
「黙れ空気読め半間。」
甘い雰囲気をぶち壊すような罪と罰のタトゥーの男性─半間さんの声にハッとヒリヒリとする脳で状況を思い出す。
慌てて視線を戦場へと戻すと、確かに鶴蝶さんの前に稀咲さんの姿が見えた。
「じゃあテメェにはあんのか?タケミっち」
金髪の少年の額に、銃を構える稀咲さんの姿が。
『…ぇ』
彼の表情や雰囲気からそこらへんで売っていそうなおもちゃの銃ではないことは明白だった。人差し指に当てられている引き金を引けば、簡単に人の命を奪う事が出来るように仕掛けが施されている、本物の銃。
「その「死んでも負けられねぇ覚悟」がよぉ!」
流石のこれには本気で背筋が凍ったし、周りにも大きなどよめきの嵐が走った。
「ガキの喧嘩だろ!?」
焦り一色に染まった鶴蝶さんの叫び声が響く。鶴蝶さんだけじゃない、周りの人、みんな。
『イ、ザナさん…』
止めた方が、とイザナさんへ視線を送る。だがどうしてかイザナさんの口元には薄い笑みが浮かんでいた。この状況を怖がるどころか、まるで映画やドラマを見ているような軽い眼差しで、面白そうにただ黙って見ているだけだった。
「大丈夫だよ。あ、大きい音怖い?」
そう気にも留めない口ぶりで私の頭を 撫でるイザナさんの手が来るであろう銃声から守るように私の両耳に触れられた。
確かに大きな音は怖い。だけど今気にすべき場所はそこではないだろう。
『いや…えっと…』
この人正気かとポカンとしている私の耳に
突然、どん、と破裂するような悲痛な音が届いた。
「足撃ったってオレは死なねぇぞ。」
え、といきなりのことで状況が処理出来ていないままポツンと掠れた声を1つ零す。霞む私の視界にはハァハァと肩を上下に跳ね荒い息を繰り返す稀咲さんと、苦しそうに跪く金髪の少年の姿が映った。
「オレにはマイキーくんみてぇなカリスマもねぇ」
そう重く含みのある言葉をポツリポツリと零していき、グッと足に力を込め立ち上がる少年の姿が視界を掠る。
「諦めねぇ!!!」
銃で撃たれ、痛むであろう血塗れの足も気にも留めないような素振りにまたもや正気かと絶句する。
『…なんで』
撃たれても、殴られても一向に諦めようとせず、むしろ自ら突っかかっていこうとする彼の姿に目を大きく見開く。驚きで鳩尾を打たれたように上手く声も立てられない。
今だってそうだ。自分を殺そうとしてきた稀咲さんに怯むどころか殴りかかろうとしている。普通、恐怖で動けなくなるだろうに。
「…行ってくる。」
『え』
イザナさんのその声と共にそれまで感じていた体の暖かさが火を消すようにフッと消えた。
「半間、なんかあったら○○のこと死ぬ気で守れ。傷1つでもつけたら殺す。」
「あいあいさー」
『イザナさぁん………』
こんな時に、ほぼ知らない人と二人きりなんて泣く自信がある。
そう不安の滲んだ泣きそうな声でイザナさんの名前を呼ぶと、彼は一度だけふり返り私の髪が乱れないように優しく撫で、酷く愛おしいものを見る様な目つきで私を見やった。
「すぐ戻って来るからいい子で待ってろ。」
そんな言葉をあんな甘い声が囁かれれば「嫌です」なんて口が裂けても言えるはずがなく、段々と遠ざかっていくイザナさんの背を涙の滲んだ目で見送る。
途端、ニヤニヤとした視線が体を突き刺してくる。
「愛されてンね、○○チャン。」
『…どうも。』
もうやだ泣きそう。
コメント
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やばいやばいやばい!!!