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錆びついた倉庫。その中で、若い男がひとり、汗ばんだ手でロープを握りしめていた。彼の前には小さな少女が座っている。少女の目は驚くほど冷静で、どこか不気味な微笑を浮かべていた。
「静かにしろよ……いいか?」
男の声は震えていた。少女を誘拐してきたものの、何かが引っかかっていた。普通なら泣くか、怖がるかするだろう。しかし、この少女は違った。
「あなた、誘拐なんてしない方がよかったのに。」
少女は小首をかしげて言う。声には幼さが残るものの、その言葉は妙に重く響いた。
「な、なんだよ、それ。お前、親に返してほしいなら大人しくしてろ!」
男は声を荒げるが、少女はその言葉を軽く無視するように、視線を男の背後へ移した。
「来るよ。」
「……は?」
男が振り返ったその瞬間、倉庫内の空気が急に冷たくなった。冬の山中に迷い込んだかのような鋭い寒気が全身を襲う。
「なんだ……?」
辺りを見渡しても、何も異常は見当たらない。だが、明らかに“何か”がそこにいた。
「誘拐犯さん、神隠しって知ってる?」
少女の声が静かに倉庫に響く。
「し、知らねぇよ……!」
男が声を荒げると同時に、背後から奇妙な音が聞こえた。カリッ、カリッと何か硬いものを引きずるような音。
「そいつが来ると、悪いことをした人は連れて行かれるんだって。」
少女の微笑みが、ほんの少しだけ広がる。
冷たい汗が伝った。倉庫の隅に、黒い影がじわじわと迫っている。形がなかった。人間でも動物でもない、不規則に揺れる“それ”は、存在そのものが異質だった。
「こ、こっち来るな……!」
男はロープを投げ捨て、倉庫の扉に向かって走り出した。扉は開かない。どれだけ力を込めても、まるで見えない手に押さえつけられているように、びくともしない。
「逃げられないよ。」
少女は冷たい目で男を見つめた。
影が男に覆いかぶさる瞬間、耳をつんざくような悲鳴が倉庫内に響き渡った。それは次第に弱まっていき、やがて静寂が訪れた。
次の日の新聞には、男の名前が大きく載っていた。「誘拐犯、倉庫で失踪」。しかし、どれだけ探しても男の姿は見つからなかった。ただ、倉庫の隅で見つかったのは、ぼろぼろになった靴だけだった。
その倉庫の前では、一人の少女が微笑んでいた。彼女のポケットには、小さな黒い鈴が入っていた。その鈴を軽く振ると、空気がまた冷たくなった。
「また、来てくれるよね?」
少女の声は、不気味なほど楽しげだった。