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「ジョンは幸せ者よ。こんなピアスは滅多に無いわ」
耳穴を開けられるのは遺憾だが、そんなに良い代物なのか?
この女の財政事情からすると、100カラットのダイヤモンドという事も有り得る。
ならば俺に相応しいだろうと、少しばかりの期待を抱き待っていた。
「さあ……始めるわよ」
包みに隠された所から取り出された物――
「…………は?」
それを見て俺は言葉を詰まらせる。
そう、それは何の変哲も無いホッチキスだった。
「…………」
――どう考えても辻褄が合わない。
奴は確かに『ピアスをプレゼント』と言った。俺の記憶が正しければ。
ホッチキスとピアスに、何の因果関係が在ろうか。
「どういう……意味?」
俺はどう考えても、明らかに間違った物を手にした女に、それを正そうと問いただしていた。
これはきっと何かの間違いだ。ダイヤを取り出す筈が、うっかりホッチキスを手に取ってしまったのだ。相変わらず馬鹿な女だ。
そんな物は仕舞って、早く俺に相応しいダイヤを出せと、そう罵倒しようとした時だった。
「どういう意味も何も、ホッチキスでピアスを付けるのよ」
何だと!? 俺は耳を疑った。確かに幻聴ではない。
「じゃあ……ダイヤは?」
「ダイヤ? ここに有るのはホッチキスだけよ?」
俺は認めたくなかった――否、現実逃避していただけなのかもしれない別人格が。
この女の本質を、これ迄嫌という程分かっていた筈なのに。
そんな甘い話等、最初から在る筈がなかったのだ。
女は嬉しそうに笑う。
「オホホホ! 嬉しいでしょ? ホッチキスピアスなんて、滅多にあるものじゃないわ」
そして手に持つホッチキスを“バチン”と、一発空打ちする。
「いびゃああぁぁぁ!!」
その音を聞いた瞬間、俺は絶叫していた。もう何人目かの別人格だろうか。
「大丈夫大丈夫。ここは神経が鈍いから、痛みは余り無いのよ。だから皆、簡単に開けるんだし~」
そんな無責任な。神経が鈍いだけであって、無い訳ではない。つまり痛覚は有るのだ。
女は絶叫に泣き叫ぶ俺の左耳朶に、何の躊躇もなくホッチキスをセット。そしてオープン――
“バチン”
「ぎぃやあぁぁぁぁ!!!!!」
圧迫感に咬圧音が鳴り響いた瞬間、耳朶に伝わった感覚に悲鳴を上げる。
だが――予想を覆し、女の言う通りそれは、余り痛くなかったのだ。
オーバーな別人格に自己嫌悪に陥ると共に、俺はその程度だった事に安堵で一杯だった。
凡人以下のホッチキスによるピアスは、全く以て遺憾だが、今日はもう終わったのだ。
「ね? 余り痛くなかったでしょ?」
もっともな事を言っている気もするが、ここで気を許してはいけない。
「いだいぃぃぃ!!」
俺はわざと痛がる素振りの声を上げ続ける。
ここでポーカーフェイスを保っていたら、痛がらないのを良い事に、奴は更に調子に乗るだろう。
俺は役者としても超一流。この演技力の前では、俺以下全ての役者は只の大根と化すだろう。
「もうジョンったらオーバーねえ……」
確かに少しオーバーだったかな?
だがもう終わったのだ。後は解放を待つのみ。
「でもここはそうはいかないのよね~」
ホッとしたのも束の間の事だった。
「えっ!?」
全く想定の範囲外だったと言っていい。
女は事も無げに手に持つホッチキスを、俺の左耳輪上部へと移行させ――
“バチン”
「ぎぃやあぁぁぁぁ!!!!」
何の躊躇もなく、発射オンプレス。その無慈悲な機械音と、不意を突かれた痛覚に思わず絶叫してしまった。
「痛かったかしら? ごめんね」
しかし言葉とは裏腹に、奴の表情は笑っていた。ふざけやがって。
「この糞アマァァァ! 殺してやる殺してやる殺してやるぅぅぅっ!!」
またもや別人格の形成――違うな、これは俺の意思だ。
奴を刺激しないよう、神をも背く演技を徹そうとしたのだが、余りに理不尽な仕打ちは、俺の堪忍コードをあっさりと断裂させた。
「放せぇぇ! これを放せこの野郎ぉぉぉ!!」
俺は絶叫に暴れ狂う。戒めの楔は軋み、今にも崩壊しそうだ。
暴走ではない。覚醒だ。俺は神の領域に到達しようとしている。
最早、誰にも止められない。やはり俺は神と同等なのだ。こんな所で燻って良い筈が無い。
「あらあら悪いお口ねぇ……。まだ自分の立場が分かってないみたいね」
奴は呆れた口調を向けるが、何とでも言え。俺は神の立場なのだ。
もう二度と、俺は誰にも屈しない。
「うぅ――っがあぁぁぁぁぁっ!!」
室内に反響する咆哮は、その悠久なる誓いの証し。
「まあ! そんなに吠えてこわ~い。やっぱりジョンには、まだまだ躾が必要みたいね……」
まだまだ処か、これでもう終了だ。これから必要なのは、お前からの贖罪だ。
俺は既にこの女には、どんな種類の地獄が必要なのかを吟味中。制御リミッターは全て外されていた。
頭がこれ迄に無い位、冴え渡り、無限思考が宇宙のように拡がっていく。
これこそ正に、人を超えた神の思考。それは宇宙開闢~ビッグバンにも匹敵する。
「どう**ゃ***ジョ*?」
もはや奴の寝言等、大気圏内で燃え消されて俺には届かない。
「********ジョ*!」
焦ってる焦ってる。俺の真の姿に――だがもう遅い。
さて、こいつに相応しい地獄はと。
俺の超覚醒頭脳が導きだした、最善かつ最良の選択。
罪の累積は九階層。だとすると――裁定、コキュートス行き決定だ。
元より己の棲み処なのだから、逆戻りに何の不備もあるまい?
だが永久に閉じ込めるだけでは、品に欠けるし芸が無いな。
神の慈悲には限度が有るという事実を、この女は身を以て知らなければならない。
“四股切断”
うむ、これだ。芋虫のように這いずり回りながら、未来永劫苦しむにはこれが一番だ。
安心しろ。俺がしっかりと飼ってやるよ。
「フハハハハハハ!」
「**********」
これからの事を思うと、抑えてた笑いが止まらなくなる。奴が何かを囀ずっているみたいだが、恐らく減罪への懇願だろう。気にする事はない。
判決有罪。第一審が最終なので、それは決して覆せないのだ。
そうと決まれば善は急げ。
「はぁぁぁ……うおぉあぁぁぁぁ!!」
烈帛の気合と呼応するかのように、縛りつけていた戒めが崩壊。
ミオスタチン筋繊維、最大解放――身体が自由となっていく。