ホテルの自動ドアが閉まる音が、鼓膜に焼きついた。二人の影が完全に見えなくなると、わたしの足から力が抜け、アスファルトに崩れ落ちた。
涙で視界が滲む。
喉から漏れる声は、みっともなく震えていた。
「……どうして……わたしじゃだめなの……」
夜の街を行き交う人々は、冷たい視線を投げるだけで誰も近づかない。
そんな中、ポケットの中のスマホが震えた。
まるで、わたしの苦しみを待っていたかのように。
――「泣かないで。彼を取り戻す方法は、まだある。」
画面の文字が、涙ににじんで揺れた。
わたしは必死に問いかける。
「……どうすれば……どうすれば、彼はわたしを見てくれるの……?」
すぐに返事が返ってくる。
――「彼を“試す”の。君のためにどこまでできるか、確かめればいい。」
「試す……?」
――「簡単なこと。君が消えそうになったら、彼はきっと飛んでくる。
だから君は……一度、本当に消えるふりをするの。」
呼吸が止まった。
消える……?
頭の奥で警告が鳴る。
そんなこと、危険すぎる。
でも、心のどこかで甘美な響きに酔っていた。
“消えれば、彼が来てくれる”。
その幻想が、胸の奥を支配していく。
――「怖がらないで。君ならできる。
それに、もし彼が来なかったら……そのとき初めて、真実がわかるはずだから。」
わたしの指は無意識に「はい」と打ち込んでいた。
返事を送信した瞬間、すぐに既読がついた。
まるで、相手は最初からわたしの答えを知っていたみたいに。
夜風が吹き抜ける。
ホテルのネオンが、血の色に見えた。
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