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第96話 「あの夏の話」2025年6月。
梅雨入りした柳城高校。
グラウンドには小雨が降っていた。
外での練習はできない。
部員たちは室内練習場でバットを振る。
トレーニング。
体幹。
素振り。
単調な練習が続く。
一年生たちも少し疲れが見え始めていた。
そんな日の練習後。
福間監督が部員を集めた。
「今日は終わります。」
選手たちが片付けを始める。
その時。
一年生の一人が言った。
「啓介コーチって、甲子園行ったんですか?」
室内が静かになる。
二、三年生も気になっていた。
大学日本一。
柳城OB。
だが。
啓介世代の話はあまり聞いたことがなかった。
啓介は少し困った顔をする。
「行ってないよ。」
部員たちが驚く。
「え?」
「コロナの年だったから。」
静かな空気。
一年生たちはその時代をよく知らない。
啓介はゆっくり話し始める。
「春の大会もなくなった。」
「練習もできなかった。」
「甲子園も中止になった。」
「最後の夏がなくなったんだ。」
誰も言葉を出せない。
山下が静かに聞く。
「悔しくなかったですか?」
啓介は少し笑った。
「悔しかった。」
「すごく。」
窓の外を見る。
雨が降っている。
「あの時は、なんで自分たちだけって思った。」
「野球を辞めようと思ったこともある。」
部員たちが顔を上げる。
「でも。」
「大学に行って野球を続けた。」
「大学で日本一になれた。」
「だから今は後悔してない。」
沈黙。
その時。
福間監督が口を開く。
「野球は勝つためにあります。」
「しかし。」
「勝つことだけのためにあるわけではありません。」
選手たちは監督を見る。
「啓介は甲子園へ行けませんでした。」
「塁たちは日本一になりました。」
「黒木たちはベスト8でした。」
「皆さんはまだ分かりません。」
監督は部員全員を見渡す。
「だから一日を大切にしてください。」
外の雨音だけが聞こえる。
練習終了後。
部員たちが帰る。
啓介は一人でグラウンドを見る。
雨。
暗い空。
2020年の夏。
甲子園がなくなった日。
テレビのニュース。
部室。
泣いていた仲間たち。
舞。
福間監督。
あの日の景色がよみがえる。
すると。
福間監督が隣に立つ。
「まだ思い出しますか。」
啓介は頷く。
「はい。」
「忘れられません。」
福間監督は静かに言う。
「忘れなくていいのです。」
「その悔しさが今のあなたです。」
啓介は空を見る。
雨は少し弱くなっていた。
翌日。
青空。
#前世
shima7a
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部員たちが元気に走っている。
夏の大会まであと一か月。
啓介はノックバットを持つ。
その横で。
福間監督が静かに微笑んでいた。
そして。
グラウンドの隅で。
氏原記者が久しぶりに柳城高校を訪れていた。
「今年の柳城はどうですか。」
その問いに。
福間監督は短く答えた。
「まだ分かりません。」
「ですが、面白いチームです。」
夏が近づいていた。
第96話 終
コメント
1件
**美月ゆめか🌸 from テラーノベル** 第96話読んだよ〜😭💦 コロナで甲子園がなくなった世代の話、胸にくるものがあった…。 「悔しかった。すごく。」ってシンプルな一言に全部詰まってたし、福間監督の「忘れなくていい」がめちゃくちゃエモかった…! 啓介コーチの過去がちゃんと描かれて、柳城がもっと好きになった話でした💕 今年の夏、見に行きたくなるなあ!⚾️✨