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テラーノベル(Teller Novel)
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俺が学生鞄を背負って夕方か夜かよくわからない鈍い灰色の街中の道路を歩き始めたころにものすごい強風が木々を揺らし始めた。天気予報で予告されていなかった台風のような凄まじい風の襲来に、禍々しいあの赤鬼との決戦を実感したのか、またはただ肩を濡らす雨が冷たかったからなのか、俺はブルブルっと震えてしまった。思わずブレザーの袖の中に両手をうずめる。

ものすごく遠くから、悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴は絶え絶えだった。もう助からない状態にまでボロボロに引き裂かれたようだった。俺は基本的に万事に無関心だが、その悲鳴を聞いた途端破塚と欄干橋のことが頭の中を駆け巡った。一本の角を持った赤鬼と、うつくしい図書委員。俺は折り畳み傘をたたみ、走ることにした。普段はクラスの選抜選手になることを恐れて適当にやっているので誰も知らないだろうが、本気を出せば足は結構速いのだ。


紫檀は言われるがまま床に正座をしたまま、ぐったりとうなだれた死体のように、雪のように白い肌を、雨に濡れてビニールほどの意味もなさなくなったたった一枚のシャツで覆い隠すと言えぬほどに覆い隠し、破塚を心の抜け落ちた目で見つめていた。彼女の皮膚に密着した布の内側にいくつものあざが透けていた。拳は非力な彼女の皮膚にいくつもの真新しい青いあざを作り出していた。しなやかな身体の中の硬い骨の感触が、破塚の拳に突き刺さる。殴りつける鈍い音と悲痛そうな欄干橋の声だけが部屋には響いていた。

破塚は、紫檀の腕にできた紫色のあざを見て我にかえった。

「ごめん」と、ぽつりと、雨の始まりのような言葉が聞こえると、破塚は泣きながらもうこんなふうに紫檀を傷つけたりしないと言いながら泣き喚き始めた。色の冷めた自分のブレザーを紫檀にかけてやると、紫檀の小さな肩を後ろから抱きしめて、彼女のうつくしさや能力を意識することなく、欄干橋紫檀という一人の女に純粋に愛を誓った。濡れたシャツの内側に秘められた妖艶な皮膚と肉の感触が、彼のその決断をまた蝕んでいく。誰がどう言い繕っても、紫檀の前での破塚は理性を失った獣だった。そしてこれが彼の真の姿であり、またある程度成熟した全ての人間の意識の根幹の属するところなのだということを、西原に恋していた頃とは違い大人になった紫檀は、感じていた。そして、彼女は呑まれて行く。迫り来る夜の闇に、あるいは、呼び起こされた情欲に。

全てがわからなくなった。私はひどく混乱していたからだ。今日の破塚が自分に向けた感情は、束縛でも嗜虐性でもなかった。鮎川のことが、西原のことが、頭の中から遠のいていき、自分が自分で無くなっていく。

縛り付けられたようになって、私は本物の人形になる。立ちこめた赤色の霧が、二人を包んでゆく。紫檀は最後の理性のなかに抵抗を見たのち、意識の途切れ目に断末魔のような悲鳴が響き渡った。

群青色バージンロード

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