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百鬼清風
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#イケメン
高遠すばる
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#初小説
鬼卍。
70
エドワードが竜帝国へ送られてから、数週間が過ぎた。
自室にいたアーサーは、クララが届けに来た手紙を受け取り、封筒の差出人を見てため息をついた。
アグネス・アシュフォード。父の弟であるヒュー・アシュフォード子爵の妻で、マチルダの実家の母だ。
クララが下がってから封を開けると、短い文が書かれていた。
『今日、一人で顔を見せにいらっしゃい。あなたと話したいことがあるの。待っていますね』
アーサーは読み終えた手紙を机に置いた。
何の話かは書いていない。それなのに、来るかどうかを尋ねる文もない。叔母はもう、こちらが出向くつもりで待っているのだろう。
「アグネス叔母様か……」
嫌いな相手ではない。会えば明るく迎えてくれるし、マチルダを大事に思っていることも知っている。ただ、アーサーはこの叔母が苦手だった。
何かを勧められて断ろうとしても、理由を聞かれる。答えれば、それならこうしましょうと笑って別の案を出される。こちらが困っていても、叔母は楽しそうに話を続けてしまう。
叔母は、国の諜報を管轄するアシュフォード家でも、貴族の情報収集で右に出る者はいない。社交では相手にならない。
悪意を向けられたのなら、はっきり拒めばいい。だが、親切で言ってくれる叔母へ、そこまで強く出る気にはなれなかった。そもそも、口で勝てる相手ではない。
もう一度、手紙を取り上げる。
マチルダのことだろうか。娘の婚約が破棄され、その相手が国外へ送られたのだ。自分に聞きたいことがあっても不思議ではない。彼女は当然、アーサーの秘密を知っている。
むしろ、ここまで何も言われなかったのが不思議だ。
そう考えると、気が進まないから行かない、というわけにもいかなかった。
「……行くしかないか」
アーサーは手紙を折り直して封筒へ戻し、机の引き出しにしまった。椅子から立ち上がって部屋を出る。
玄関まで来ても足取りは重かったが、アーサーは諦めて外へ出た。
アグネスを訪ねたアーサーは、屋敷の応接室に入ると、椅子から立ち上がって迎えてくれた叔母に一礼した。
「お久しぶりです、アグネス叔母様」
「いらっしゃい、アーサー。さあ、座って。そんなところで挨拶していないで、もっとよく顔を見せてちょうだい」
言われるままに近づくと、アグネスは満足そうに微笑み、向かいの椅子を勧めた。アーサーが腰を下ろすのを待って、自分も座る。
彼女は艶のある栗色の髪をゆるく結い上げ、澄んだ緑色の瞳をした女性だった。深緑のドレスは襟元と袖口に白いレースをあしらい、耳には小粒の真珠を飾っている。上品な装いながら、表情は親しみやすく、年齢よりも若々しく見えた。
「元気そうでよかったわ。今日はあなたと、ゆっくりお話がしたかったの」
「俺に何かご用でしょうか」
「ええ。あなたとマチルダのこと」
アーサーは背筋を伸ばした。
婚約を破棄され、大勢の前で責められた娘のことだ。離れて暮らす母親に、心配がないはずがない。何を聞かれても答えるつもりで来ていたが、アグネスは困った顔をするどころか、会うのを楽しみにしていたと言って笑っている。
「あの子のことでは、お話ししておきたいことがたくさんあるのよ。まずは、あなたの考えを聞かせてちょうだい」
「マチルダは、俺が守ります。そのつもりは変わりません」
「そうでしょうねえ。あなたなら、そう言ってくれると思ったわ」
アグネスは嬉しそうに答えた。だが、アーサーが続けようとすると、椅子から身を乗り出してきた。
「マチルダは、あなたの為にエドワード殿下と婚約し、あなたのせいで婚約破棄になったの。分かってる?」
明るい調子のまま、返事を求められた。
アーサーはすぐには答えられなかった。自分が妹を守ると言えば、それで安心してもらえると思っていたことが、急に恥ずかしくなる。
マチルダが王太子の婚約者に選ばれたのは、王家がアーサーとの結び付きを保つためだった。妹自身の優秀さだけで決まった縁談ではない。そのために王太子妃となる教育を受け、努力を重ねてきたことを、彼はそばで見ている。
「……分かっています。マチルダには、俺のために苦労をさせました」
「なら、殿下がいなくなったからおしまい、とは言わないわね」
「もちろんです。あいつが受けた仕打ちを、なかったことにするつもりはありません」
婚約を破棄したのはエドワードだ。けれど、その相手として妹を王家に差し出す理由になったのは、自分の存在だった。
アグネスに向かって、自分には関係がないなどと言えるはずもない。アーサーは叔母を見つめ、次の言葉を待った。
「当然、あなたには、責任を取ってもらわねばなりません」
そこで急に改まった言い方をするので、アーサーも膝の上に両手を置き直し、背筋を伸ばした。
「マチルダの立場を完全に回復する為に、結婚しなさい」
「……誰と誰が、ですか」
「あなたとマチルダ。ほかに誰がいるの?」
聞き返す必要などなかった。なかったが、確かめずにはいられなかった。
アグネスは冗談を言った後のように吹き出すこともなく、アーサーの返事を待っている。訪ねてきた甥に、娘との結婚を勧めたところなのだと、彼はようやく理解した。
「アグネス叔母様。それはお受けできません」
「どうして?」
「俺はマチルダの義兄です」
「ええ、知っているわ」
あっさり頷かれて、アーサーは困った。
知らないはずはない。自分の娘が誰の養女になり、誰を兄と呼んでいるかなど、本人に言うまでもないことだった。それでも、その一番大切なところを飛ばして、結婚の話を受けるわけにはいかない。
コメント
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このエピソード、アグネス叔母さんの「当然、あなたには責任を取ってもらわねばなりません」からの畳みかけがすごくて、読んでるこっちまで思わず背筋を伸ばしちゃいました。アーサーが「俺はマチルダの義兄です」って必死に抵抗するの、わかるなあ…。でもアグネスさんは「ええ、知っているわ」と涼しい顔。この叔母さん、ほんとに手強いですね。義兄妹を結婚させようという発想、設定としてすごく興味を惹かれます。続きが気になります。