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次の日も、雨だった。
「……マジかよ」
朝、玄関を出てすぐに空を見上げる。
昨日より少し弱い。
でも、止む気配はない。
俺は傘を開いた。
雨の日は嫌いだ。
「……いや」
昨日のことを思い出す。
『明日、暇だったら来てよ』
叶さん。
生徒会。
俺は昨日、あの場で「行きます」と答えた。
だから。
「……行くか」
自分に言い聞かせるみたいに呟いて、学校へ向かった。
*
「三枝くん」
「はい」
「来たんだ」
「来ますよ、そりゃ」
放課後。
生徒会室の扉を開けると、叶さんがいた。
窓際の椅子に座って、頬杖をついている。
机の上には、ほとんど手をつけていない書類。
「……仕事してます?」
「してるよ」
「どこを?」
「気持ち」
「それ仕事じゃないでしょ」
思わず突っ込む。
叶さんが少し笑った。
「三枝くん、昨日より元気じゃない?」
「そうですか?」
「うん」
「……まあ」
俺は鞄を置いた。
「昨日、来るって言ったんで」
「律儀だね」
「叶さんが来いって言ったんじゃないですか」
「僕、そんな強く言った?」
「言いましたよ」
「そっか」
叶さんは、それ以上何も言わなかった。
でも。
少しだけ嬉しそうに見えた。
気のせいかもしれない。
たぶん、気のせいだ。
「じゃあ、これ」
「え?」
叶さんが机の上の紙を一枚、俺に差し出す。
「広報の仕事」
「……いきなり?」
「うん」
「何するんですか?」
「生徒会の活動報告。来月の行事とか、部活の紹介とか」
「俺、広報なんですよね?」
「仮」
「仮なんだ」
「嫌だったら帰っていいよ」
「……やります」
「即答じゃん」
また笑う。
なんだろう。
この人。
人のことをからかっているようで、たまにすごく優しい。
「おーい」
扉が開いた。
「かなかな、またサボっとるやろ」
「サボってないよ」
「いや、絶対サボっとるやん」
入ってきたのは、樋口楓さんだった。
叶さんと同じ三年生。
生徒会副会長。
俺も名前くらいは知っている。
楓さんは俺を見ると、少し目を丸くした。
「あれ?」
「……どうも」
「三枝くん?」
「はい」
「へえ」
じろじろ見られる。
「……何ですか」
「いや、珍しく自分から人連れてきたなあって」
「僕、友達くらいいるよ」
「誰?」
「……」
「ほら」
「いるから」
「誰?」
「楓ちゃん」
「それうちやん」
「だからいるじゃん」
「それ友達じゃなくて仕事仲間やろ」
なんだ、この人たち。
俺は思わず笑ってしまった。
「……ふふ」
叶さんと楓さんが同時にこっちを見る。
「何ですか」
「いや」
楓さんがにやっと笑った。
「笑うんやなあと思って」
「笑いますよ、俺だって」
「そっかそっか」
楓さんは楽しそうだった。
そのとき。
「……やべ」
扉がまた開いた。
今度は仙河緑。
「寝過ぎた」
「お前、昨日もそれ言ってなかった?」
「今日はちゃんと寝たから」
「寝てる人はそれ言わないよ」
叶さんが呆れたように言う。
「叶くん」
「なに?」
「僕の椅子、ある?」
「片づけちゃった」
「え」
「昨日も来なかったでしょ」
「来たよ」
「嘘」
「来たって」
「じゃあ、何してたの?」
「寝てた」
「それ学校来てないじゃん」
「……そうだった」
緑が自分で納得している。
楓さんが笑い出した。
「ほんま仲ええなあ」
「どこが?」
「どこがって」
楓さんが俺を見る。
「2人とも、学校に来る頻度おかしいやろ」
「……」
「そこだけは仲良しやん」
「それ褒めてます?」
「褒めてない」
緑が俺の隣に座る。
「明那、どう?」
「何が?」
「ここ」
生徒会室を見回す。
「……まだよく分かんない」
「そのうち慣れるよ」
「そういうもん?」
「そういうもん」
緑は机に突っ伏した。
「僕も最初は嫌だったけど」
「学校?」
「うん」
少しだけ、声が低くなる。
「でも、ここなら寝ても怒られないし」
「それが理由?」
「あと叶くんいるし」
「……」
俺は叶さんを見る。
叶さんは書類を眺めていた。
「何?」
「いや」
なんとなく目を逸らした。
すると、楓さんが俺と叶さんを交互に見た。
「……なるほどなあ」
「何がですか」
「いや、別に」
「絶対なんかありますよね」
「ないない」
楓さんは笑っている。
怪しい。
すごく怪しい。
*
しばらくして、俺は一人で書類と睨み合っていた。
生徒会の活動報告。
文章を書くこと自体は嫌いじゃない。
むしろ好きなほう。
ただ。
「……これ、何書けばいいんだ」
生徒会が何をしているのか、よく知らない。
「叶さん」
「んー?」
「生徒会って普段何してるんですか?」
「いろいろ」
「具体的には?」
「いろいろ」
「……」
「僕もよく分かんない」
「会長でしょ」
楓さんが横から口を挟む。
「名前だけ会長やから」
「ひどいなあ」
「事実やん」
叶さんは否定しない。
俺はため息をついた。
「じゃあ、何で俺を広報にしたんですか」
「三枝くんが書けそうだったから」
「それだけ?」
「あと」
叶さんが少し考える。
「ちゃんと見てくれそうだから」
「……何を?」
「生徒会のこと」
その言葉が、妙に引っかかった。
俺はもう一度手元の紙を見る。
七次元高校生徒会。
今までの俺には関係のない場所だった。
でも。
昨日、叶さんに声をかけてもらって。
今日、ここに来て。
緑がいて。
楓さんがいて。
叶さんがいる。
外では雨が降っている。
窓を叩く音が、ずっと聞こえている。
なのに。
ここにいると、あまり気にならなかった。
「……なんか」
「うん?」
「ここ、変な感じですね」
「変?」
「学校なのに、学校じゃないみたいな」
叶さんが窓の外を見る。
「雨だからじゃない?」
「何それ」
「雨の日って、ちょっと静かになるじゃん」
「ああ…」
「だからかな」
雨音が、少しだけ大きく聞こえた。
教室にいるときは、嫌いだった音。
今は。
不思議と、落ち着く。
「……叶さん」
「ん?」
「ここ、雨宿りみたいですね」
言ってから、自分で恥ずかしくなった。
何言ってんだ、俺。
叶さんは少し黙って。
「そうかもね」
と答えた。
「じゃあ、明那」
「はい」
「雨が止むまで、ここにいれば?」
「……」
明那。
初めて、名前で呼ばれた。
「……はい」
たったそれだけのことで。
心臓が、少しだけうるさくなった。
*
帰る頃には、雨が弱くなっていた。
「じゃあな、明那」
緑が手を振る。
「また明日」
「うん」
「叶くんも」
「んー」
「楓さんも」
「また明日」
俺は鞄を肩にかけた。
扉を開ける。
「明那」
後ろから声がした。
「はい?」
「明日も来る?」
叶さんが聞いている。
「……」
少し考えるふりをした。
「来ますよ」
「そっか」
「何ですか」
「別に」
叶さんが笑う。
「じゃあ、また明日」
「……はい」
廊下に出る。
窓の外では、まだ雨が降っている。
俺は傘を開いた。
昨日までなら。
雨が止んでくれればいいと思っていた。
でも今日は。
ほんの少しだけ。
明日も雨ならいいのに、と思った。
コメント
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第2話、読みました。雨の日の空気感と、生徒会室のあたたかさの対比がすごく丁寧に描かれていて、惹き込まれました。特に明那くんが「雨宿り」という言葉を使った瞬間、彼がようやく居場所を見つけたような気がして、じんわりきました。叶さんが「明那」と名前を呼ぶシーンも、キャラクターの距離感が絶妙で、心臓がうるさくなる気持ち、すごく分かります。雨に対する主人公の気持ちの変化が、たった一日でこんなに丁寧に描けるんだなと感心しました。続きが待ち遠しいです。