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公園を出る頃には、夜がすっかり落ちていた。
街灯の下、康二は何度も後ろを確認する。
誰かに見られてないか、尾けられてないか——
その警戒の鋭さに、目黒は気づいていた。
でも、不思議と怖くない。
康二が“守ろうとしてくれている”と分かるから。
「康二くん……どこ行くの?」
歩幅を合わせながら、目黒が尋ねる。
「静かなとこや」
その短い返事だけで、康二の中で何かが固まっているのが分かった。
しばらく歩くと、
古いアパートの前にたどり着いた。
外観は少し年季が入っていて、
夜になるとほとんど人が通らない区域。
「ここ、親戚が昔住んどった部屋やねん。
今は誰も使ってへん」
そう言って康二は鍵を取り出した。
カチャ、と扉が開く。
暗がりの中に、長く使われていない匂いがふわりと漂った。
目黒が中に入ると、
康二はすぐ後ろで扉を閉めた。
“外”との境界が一気に断たれる感覚。
——ここが、ふたりの世界になる。
「とりあえず……今日はここ泊まっていけ」
康二が靴を脱ぎながら言った。
目黒は戸惑ったように見えたが、
その反面どこか安心した顔をしていた。
「……いいの? 俺なんかが、こんなところ……」
「なんでそんな言い方すんねん」
康二は目黒の腕を掴み、強制的にこちらへ向かせた。
「誰がなんて言おうが、お前は俺の大事なやつや」
「でも……俺、いじめられてて……弱くて……」
「関係ない」
康二の声は低く、はっきりしていた。
その強さに、目黒は呼吸を飲む。
「むしろ弱いお前のほうが……放っとけへん」
「康二くん……」
康二は目黒の頬に触れ、
黒く滲んだアザの部分をそっと撫でた。
「こんなに痛かったんやろ……なんで言わんかったん」
「……言ったら、迷惑かけるから……」
その答えに康二の眉が深く寄る。
「迷惑とか思ったこと一回もない。
お前が辛いんに、俺になんも言わんほうが……よっぽど痛いわ」
言いながら、康二は目黒を抱き寄せた。
肩に額が触れる。
目黒の呼吸が震える。
「康二くん……俺、もう……帰りたくない」
その言葉は決壊したように漏れた。
「帰らんでええ」
康二の声は迷いがなかった。
「これからは、ここが俺らの場所や」
目黒の身体がゆっくりと力を失い、
康二の胸に沈んでいく。
——世界から切り離されてもいい。
この腕だけがあれば。
部屋は薄暗い。
外の音はほとんど聞こえない。
その静けさが、
ふたりの孤独と依存を優しく包み込んでいた。
「蓮。俺から離れんなよ」
「……離れない。離れたくない」
夜は深く沈み、
ふたりの世界は確実に閉じていった。
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