テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――それはわたしが小学生の頃だった。
――国語か何かの授業で、今年で一番楽しかった思い出の作文を書く内容だったと思う。
――わたしは何気なく作文を書いたと思う。その作文の内容が学校だよりに掲載された。先生から聞いていたのか、わたしの作文が掲載されたと、お母さんが教えてくれた。
――最初に学校だよりに掲載されたわたしの作文を見て、何度か読んでも分からないほどわたしの作文は編集されていた。誤字脱字が酷く、恐らくは先生か誰かが修正したのだろうと思われた。わたしが書いた事を示すのは修学旅行の思い出を書いた事と「誤植愛」という名前だけだった。
「これ……本当にわたしが書いたやつなのかな? 間違ってない? わたしの作文と似たような内容の書いた人と取り違えたとか?」
――わたしはリビングのソファに寝転がり、学校だよりに掲載された作文を何度も見直し、お母さんに聞いた。
「なに言ってるのー。先生に聞いたんだから、間違えるはずないじゃないー」
お母さんは呆れ顔で答えた。
「じゃあ、お母さんが絵本作家だから採用したんだよ。わたしの苗字を使って、学校のカブとかを上げたいんだよ」
「もうー。愛ったらー。何処からそういう言葉を覚えてくるの? 学校だよりにわたしの紹介は書いてないわよー」
「でも……」
――わたしは納得できないといった風に子供っぽく頬を膨らませた。
「愛、貴方の病気の事は知ってるわ。でもね。貴方の修学旅行の思い出がよく伝わったから、貴方の作文が選ばれたと思うの。それを誇って良いのよ」
――そう言ってお母さんはわたしを抱き寄せた。暖かいハグ、お母さんの好きな化粧品のローズマリーの匂いがする。
「そうだね。お母さん。わたしにもお母さんみたいに文字で物語を伝える力があるって、信じたい」
――そう言って、わたしもお母さんを抱き締めていた。
――そして学校だよりにわたしの作文が掲載された事はクラスメイト数人の噂になっていた。それはわたしにとって大事件だった。
「これって、愛ちゃんの作文だよね?」
――わたしに学校だよりを見せ、話しかけたのはクラスメイトの女子、田貫さんだった。たまに話す程度の友人だった。
「そうだよ」
――わたしは笑顔で答えた。
「でもこれって、愛ちゃんの文章じゃないよね? 教室に貼られている愛ちゃんの作文の文章とだいぶ違うし……」
「どうかな……」
――わたしはたまにからかってくる田貫ちゃんを警戒してか、言葉を濁らせた。その反応に田貫ちゃんは面白くない顔をする。
「ねえ! 愛ちゃんの作文が学校だよりに載ったんだけど、有り得ないよね!」
――田貫ちゃんが叫ぶように言うと、クラスメイト達の視線が向けられ、わたしは臆病な草食野生動物みたいにビクッとなった。
『マジで?』
男子の一人が反応する。
『オレも見た……あの愛が何でだよって思ったよ。ほとんどの作文が誤字脱字だらけなのにな』
呼応するようにもう一人の男子生徒が言った。
「何をそんなに学校だよりごときで問題視してるの? 愛ちゃんにはそれなりに文章力があったんじゃないの?」
転校してきたばかりの男子生徒、吉音君が言った。
「だって愛ちゃんの作文、酷いんだよ。吉音君、ちょっと見てよ」
田貫ちゃんが吉音君の手を引っ張る。
「や、やめてよ! 田貫ちゃん……」
――わたしの作文が誤字脱字だらけだと理解していたけれど、それを知らない他人に読ませられるのは凄く恥ずかしいように思えた。
「田貫ちゃん、分かってて作文を提出したんじゃないの? 見られて良い作文だって」
田貫ちゃんの悪戯な笑みが向けられる。
「愛ちゃん。とりあえずどんな作文か見せてよ。それで学校だよりに載せられるような文章か見て、判断できるから」
「でも……」
――わたしはあの文章を見れば、いくら吉音君でも幻滅するのではと思っていた。
「これでもボクは作文で金賞をとってるんだ。批評ぐらいはできると思うよ」
「でも、わたしは見て欲しくないよ……恥ずかしいし……」
「恥かしがることないよ。だって学校だよりに載るほどの作文なら」
「吉音君。こっちだよ」
――田貫ちゃんは吉音君の手を引っ張り、教室の外に貼り出されている作文を見に行った。
『これは酷い……』
教室の外の廊下から吉音君の声が聞こえる。
『でしょー』
田貫ちゃんの声も教室の外から聞こえてきた。
しばらくして、田貫ちゃんと吉音君が戻ってきた。
「君の作文を読んだけど……学校だよりに載せられるほどの文章じゃないよ」
――その吉音君の言葉は心にナイフでえぐられたような言葉だった。なぜわたしをよく知らない人がわたしの心にナイフを突き刺すのだろうと、何度も自問自答した。
「やっぱり誰かと間違えたんじゃない? 似た内容を書いた人と入れ替わったんだよ」
――下を向くわたしに田貫ちゃんはからかうような笑みを向けて言った。
「原文を見せてくれれば分かると思うけど、作文はある?」
吉音君がさも当たり前かのように作文を要求し、手を向けた。
「見て……どうするの?」
「照らし合わせるに決まってるじゃん」
田貫ちゃんがけらけらと笑うように言う。
「……嫌だよ!」
――わたしは激しく首を横に振った。
「素直に出して……はっきりしようよ」
田貫ちゃんが軽く机を叩く。
「君のプライドの為にも……出した方が良いと思うよ。こうやって田貫ちゃんが馬鹿にしてる訳だし」
「嫌だなぁ吉音君―。わたしは愛ちゃんの事を考えて言ってるんだよ。こんな恥ずかしい文章が世に出ないようにさー。恥だよ、恥―」
田貫ちゃんが手を振り、あくまでも馬鹿にしている事を否定しているが、顔はにやけているように思えた。
「……分かったよ。でも、そのかわりにわたしの作文を馬鹿にしないでよ」
「馬鹿にする? しないよー。ねぇ?」
田貫ちゃんが吉音君に視線を送ると、馬鹿にしない事を肯定するようにこくりと頷いた。
「じゃあ、分かったよ。本当に……馬鹿にしないでよ」
――わたしは教室の壁際にあるランドセルロッカーからランドセルを取り出して開け、その中から作文用紙を取り出した。聞かれた時に自慢しようと思っていたぐらいの気持ちだった。それがこんな形で見せる事になるとは思ってもみなかった。
「なんだ……持ってんじゃん」
――田貫ちゃんが駆け寄り、わたしの作文用紙を取り上げる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
八雲瑠月
3,936