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それから数日後、『黄昏』の街にある噂が流れ始めた。それは『暁』を率いる少女シャーリィが暗殺未遂事件に巻き込まれ、瀕死の重傷となり懸命に治療が行われていると言うのだ。
その証拠に通称領主の館には多数の兵士が厳重な警戒を敷いており、更に黄昏病院に在籍する若手のロメオが館に入り、多数の薬草が運び込まれていた。
そして最たる証拠として、毎日赤髪の青年や緑髪の少年を連れて『黄昏』の街を散策していた小柄な金髪の少女を見かけない事実がその噂の信憑性を増した。
その噂は行商人や避難民に紛れて『黄昏』に潜入していた三者連合の諜報員達の耳に入り、そして拡散されていった。その報告を受けた三者連合は。
「あの小娘が居ないなら、打って出るチャンスだ!今なら『暁』の奴等も動揺してる!」
シダが吠える。
「待ちたまえ、シダ。確実な情報だと確認できるまで様子を見るべきだ。これが謀略ならば、我々は間抜けだぞ」
それをリンドバーグが冷ややかな目で制する。
「あんたは慎重過ぎるんだよ、爺さん!だからアンタん所はそれ以上デカく成れねぇんだ!今までどれだけのチャンスを失った!?」
「聞き捨てならないね、若造風情がっ!」
「まっ、まあまあ!お二人とも落ち着いて!」
この好機を前に三者連合は、意思の統一が出来ず動きを取れなかった。
代表同士の対立は構成員達の対立を煽る。ただでさえシダ・ファミリーとリンドバーグ・ファミリーは長年抗争を続けてきたのだ。『暁』と言う共通の脅威を前に共闘しているだけであり、和解を果たしたわけでもないのだ。
一方シャーリィは。
「退屈です」
ここは館の二階にある倉庫のひとつ。それは表向きの名前で、中は万が一の避難用に作られた部屋である。簡易ベッド、テーブルなどが備えられている。窓は存在しない。
その簡易ベッドのひとつに突っ伏しているのがシャーリィである。
「そう言うなよ、指示を出したのはシャーリィなんだからな?」
そのベッドの側に椅子を置いて腰掛けているのはルイス。二人が恋仲であるのは古参ならば知っているため、万が一に備えてルイスも身を隠している。
「ただ隠れているのがこんなに大変だなんて思いませんでした」
「皆に知らせたからなぁ」
シャーリィが重傷と言う偽情報は広く通達されており、戒厳令が敷かれていた。
真実を知るのは幹部と一部のみであり、一般の『暁』構成員達は慌てており、その姿が噂に真実味を持たせていた。
「皆に偽情報を知らせてよかったのかよ?」
「敵を欺くならば先ず味方から、ですよ。ラメルさん達が噂がどんな感じに流れているか調べています。そしてヘンリー伍長についても、リナさんが腕利きを使って追跡していますからね」
「ここまで大掛かりにやって相手が引っ掛からなかったら?」
「それはそれで訓練になりますよ?私の身になにかあったとしても、問題なく対応できる準備は必要ですから」
「何回か怪我もしたからなぁ」
「今回は足も無事ですよ」
そう言いながらベッドの上で素足をプラプラさせるシャーリィ。何かと足の怪我が多いのを気にしている様子。
「なら今回は背負わなくて良いな」
「その通りです。退屈なのが辛いのですが」
「俺もだよ。身体が鈍りそうだ」
「早く引っ掛からないかなぁ」
この倉庫のある区画は普段誰も寄り付かない。また必要な医療物資を備蓄しているとして、使用人達の侵入を固く禁じたのである。
そしてシャーリィ、ルイスの二人に必要な食事などは荷運びに乗じて持ち込む徹底ぶりであった。
更に二日後。『黄昏』に血相を変えたレイミが駆け込んできた。彼女はそのまま館に招かれ、セレスティンが出迎える。
「レイミお嬢様」
「セレスティン!お姉さまは!?」
「こちらに」
深刻な顔をしたセレスティンにますます焦りを覚えたレイミは三階にあるシャーリィの私室へと駆け込む。同時にセレスティンは密かに人払いを済ませていた。
「お姉さま!……あれ?」
駆け込んだレイミが見たのは、器具を並べて|回復薬《ポーション》作製を行っているロメオだった。
「おっす、妹さん」
「えっ、ロメオ……?あの、お姉さまは……?」
「見てみろよ」
ロメオが指した先にはベッドがあるものの、そこには何もなかった。
「……はい?」
「つまり、かくれんぼだそうだ。レイミが引っ掛かるなら、完璧だな」
この言葉でようやく事態を理解したレイミは、大きな溜め息を吐いた。
「はぁーーーっ……なぁんだ、そう言うこと。私には知らせてくれても良いのに……お姉さまのイジワル」
「血相変えて駆け込んでくる妹さんを大勢が見てるんだ。より真実味を増す効果があるとさ」
「……そう言うことね。ロメオ、お姉さまは何処にいるの?」
「まあ待てよ、準備が出来たらセレスティンの爺さんが呼びに来るさ。座って待ってなよ」
「はぁ……分かったわ。もう、心臓が止まるかと思った」
「勘弁してくれよ、さすがに心臓が止まったらどうにもならないからな」
しばらくロメオと談笑し、セレスティンが迎えに来て二階へと密かに移動する。
「お姉さま」
「レイミ、来てくれたのですね」
ベッドに腰掛けたままレイミを迎えたシャーリィ。
「お元気そうで何よりでした。リースさんもビックリしていましたよ」
「『オータムリゾート』まで噂が流れましたか。上出来ですね」
「また謀ですね?」
「ええ、三者連合を名乗るもぐらを引っ張り出さないといけないので。レイミ、心配をかけました」
「今度からはちゃんと知らせてください。演技くらいはしますから」
「善処しますよ」
「それ、知らない人の言葉です。とにかくリースさんにだけ本当の事を知らせますね」
「お義姉様にもご心配をお掛けしましたと伝えてください。何らかの動きを見せるまでは退屈な毎日ですから」
「分かりました。なにかエサを撒いたのですか?」
「争点である第三桟橋の警備を一気に減らしました。これを期に強引な手段に出てくれれば上出来です」
その日の夕方、悲しげな顔をしてレイミが館を去った。その後ろ姿を見て誰もがシャーリィの重篤を信じるようになった。
この機に乗じて動いたのは三者連合だけではなかった。
『黄昏商会』本店。相変わらずピンク一色の建物の三階にある会議室では、来訪者との密談が行われていた。
「『暁』は落ち目だ。どうだろう?過去を水に流して、また一緒にやらないか?会長も今ならアンタを名誉顧問として迎えると言ってる」
そこではビジネススーツを身に纏った男とマーサが密会を行っていた。
「今さら戻れと?それに、名誉顧問なんて肩書きだけの役職じゃない。そんなのに興味はないわ」
「落ち目の組織と共倒れか?アンタらしくもないな」
「ふん。とにかくお断りよ。私達を追い払い、更に殺そうとした連中とは二度と一緒に仕事をしたくないわ」
「残念だよ、良い話だったのに。もう一度だけ来るとしよう。それまでに答えが変わることを祈ってるよ」
「安心しなさい、それは徒労に終わるから」
ビジネススーツの男性が部屋を出る。それを確認したマーサは、深々とソファーに座る。
「お疲れ様だ、マーサ。まさか今さら声をかけてくるとはな」
「ありがとう、ユグルド。ちょっと考えないと……シャーリィに相談するしかないわね」
それを労うユグルドに笑みを返しながら、厄介事に溜め息を吐くのだった。
三者連合相手の偽情報は、古巣である『ターラン商会』をも釣り上げてしまったのである。