テラーノベル
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合宿明け、月曜日の三限目。
使い古された扇風機がガタガタと音を立てて回る教室は、週末の激闘の余韻を引きずる運動部員たちの、重たい空気とあくびが充満していた。
(……合宿、終わっちゃったんだな)
バスの最後尾で、治くんの広い肩に預けた頭の重みを思い出す。寝ている間に触れられたこめかみの熱が、まだ皮膚の下に残っている気がして、私は教科書の隅を無意味になぞった。
スッ。
迷いのない動作で、隣から使い込まれたノートが私の机に滑り込んできた。
主(ぬし)は、銀髪を少し揺らしながら、頬杖をついて窓の外を眺めている治くん。
でも、彼の左手はしっかりと私のノートの端を押さえ、逃がしてくれない。
ノートの余白、そこには昨日のバスでの出来事をなぞるような、執着心の塊のような文字が並んでいた。
『バスの肩代、まだ貰うてへん。……おにぎり三つ分くらいの、甘いやつ注文してええ?』
「……っ」
心臓が喉まで競り上がってくる。
おにぎり三つ分。そんなに「甘い」もの、食べ物であるはずがない。
私は震える手で、その下に返事を書いた。
『治くん、欲張りすぎ。……放課後、購買のアイスでいい?』
ノートを戻すと、治くんはそれを一瞥し、フッと鼻で笑った。
そして、私の返事を打ち消すように、太い線で二重線を引き、その横に書き足した。
『アイスはいらん。……放課後、誰もいない部室の裏。……朱里の「一口」、全部完食させろ』
「……っ!!」
思わず椅子がガタリと鳴った。
完食? 私を?
治くんの書く言葉は、いつも食べ物の皮を被った「独占欲」だ。
「おい、宮! 桜町! また文通か。お前ら、合宿で仲深まりすぎやろ! 集中せぇ!」
教壇から田中先生の怒号が飛んできた。
私は飛び上がるように背筋を伸ばし、治くんは「……すんません。晩飯のレシピ、共有しとっただけです」と、ちっとも反省していない様子で堂々と言い放った。
昼休み。
廊下で、自動販売機の陰から侑くんが飛び出してきた。
「あーーーっ!! 朱里ちゃん! 治のやつ、ノートに不潔なこと書いとったやろ!! 俺の野生の勘が『治がエロいこと企んどる』って言うとんねん!!」
「えっ、あ、それは……」
「……ツム。お前、ほんまに……死ね。……お前の野生の勘は、賞味期限切れや」
背後から現れた治くんが、侑くんの口に購買の「激辛カレーパン」を二個同時に押し込んだ。
「むぐっ!? か、辛っ……!! 治、殺す気か!! 喉が、喉が焼ける!!」
「……焼ければええねん。余計なこと喋るからや。……朱里、行くで。……放課後の注文、キャンセル不可やからな」
治くんは悶絶する侑くんの背中をカバンで叩いて黙らせると、私の手首をギュッと掴んで、誰もいない渡り廊下の隅へと連れて行った。
「……朱里。……ノートの注文、楽しみにしてろよ。……一粒残さず、俺の中に閉じ込めてやるから」
スナギツネのような細い瞳が、独占欲たっぷりに私を閉じ込める。
もっと甘い注文。
お米の甘さよりもずっと濃い、彼なりの「執着」という名の隠し味が、私の胸を激しく焦がしていた。
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