混沌が悪いわけじゃない。人間誰しも、汚い感情は持っている。私も、アルベドも。
混沌は、ただの制御装置に他ならなかった。災厄を起こしてしまう悪い方にしか傾かない制御装置。そのせいで、多くの人が狂い、ヘウンデウン教の思想が広がり、世界が不野感情で包まれた。
ラヴァインもその被害者の一人だと。
「彼奴が被害者だっては、思ってない。加害者と被害者の間をいったりきたりしてさ……なんつーか、難しいけどよ」
「うん」
「結局は、俺に認められたかったって言う……見て欲しかったって言う、彼奴の我儘なんだ。俺は、その我儘……彼奴の思いに気付いてやれなかった。もっと、早く気づいていれば、彼奴が、苦しまずにすんだんじゃねえかって今でも思っちまう」
「無理だよ」
「あ?」
「そう言うのって、後悔したからあの時気づいていればって……後から言えるじゃん。その、何て言うか。経験したからこそ、ああしていればって願望が出てくる。叶わない願望って言うの?だから、無理だったと思う。私もそう言う経験あるから……気づけないんだよ、その時には。だから、アンタが、過去のアンタを責める必要はない」
「言うなあ、エトワール」
「正論でしょ?」
と、私は押しきるように言えば、アルベドも、それもそうだ。と、頭の後ろに腕を回した。
アルベドだって後悔している。
攻略キャラだって、後悔も涙も流す。彼らだって人だ。混沌もそこに確かに存在して、息をしていた。だから、悪者だって言えない。言いたくない。
後悔なんて山ほどある。ああしていれば良かったなって思えるのは、物事が起きてしまった後。過程を知っているから、ああしていればって思えるけど、人生はコンティニューと、リセットが出来ないから、進むしかない。一方通行なんだ。だから、その時気付けなければ、まあ、もう気付けないよねって諦めるしかない。
「アンタは、後悔しているかも知れないけど、アンタのそれはベストだったんじゃない?後悔のない人生なんてないんだから」
「さっきまで、泣いていた女とは思えねえ発言だな」
「蛇足が過ぎる」
その言葉を言わずにはいられなかったんだろう。アルベドのちょっとした反抗というか。まあ、これくらいは大目に見る。
確かに、さっきまで、皆に会えないことを泣いていた女だけど。
(さっきというか、つい数日前ね!?)
ここでの生活にも慣れてしまった。アルベドは、私が寝ている間にちょっと街に行って、服を買ってきてくれるから、そこの湖で服を洗って干して、買ってきて貰った服を着れば良いし。まあ、その時は、目を瞑っていて貰うか、後ろを向いて貰っているかとか、着替えもしっかり出来ているんだけど。
だから何も不自由がなかった。森には、有限ではあるが、私達二人なら到底昇華しきれない資源があるし。ラスター帝国のどこらへんかは、自分の位置を把握し切れていないんだけど、基本、雨も降らなくて、温度も一定しているし、最悪魔法を使って体温調節できるから、何も不自由がなかった。
ずっとここで暮らしていても良いと思えるくらいには、充実している。
それが良いのかっていわれたら、ダメなんだろうけど。
「エトワールが」
「私が、何よ」
「泣いただろ。助けて欲しいって」
「まだ、掘り下げるの!?恥ずかしいからやめて」
私が抗議の声を上げるが、アルベドは、恥ずかしいことじゃない、と私の言葉を一蹴りして、続ける。何だか嬉しそうに笑うから、少し気味が悪かった。性格の悪い人っていう風に見えてしまった。いや、多少は、性格悪いんだけど。
「それで、何?」
「お前が、助けを求めただろ?あれが、ラヴィと重なったんだよ」
「彼奴が、アンタにたすけてなんて言うの!?」
驚きだ。というか、何処からそんな話しになったのだろうか。
ラヴァインが、アルベドにたすけてなんて言う所が想像できない。一応は、自信家で、余裕のあるラヴァインが、アルベドに助けを求めるのだろうか。先ほどの話からして、ラヴァインは、アルベドに自分の存在を認めさせようとしていたんだし……
そして、なんだかんだ、弟のことが好きなんだなあって言うのが伝わってきて、離れていても、きょうだいの話を嬉しそうに語るアルベドを見ていると、自然とトワイライトのことが頭に浮かんできた。
トワイライトにあいたいっていう気持ちが出てきてしまってダメだ。
「珍しいことも……あるのね」
「まあな。でも、彼奴の口から、助けてって聞けて良かった。じゃなきゃ、俺は、彼奴のこと助けてなかっただろうしな」
「絶対嘘よ。助けてたと思う」
「何でだよ。俺は、そこまで寛大じゃないぜ?」
「アンタが、ラヴィのこと好きって、顔に書いてあるもん」
私がそういうと、アルベドは、目を覆って、ゲタゲタと笑い始めた。本当に、公爵家の公子って思えないくらい大声で笑う。たまに、膝を叩いては、本気で笑っているんだって分かった。手の端から生理的涙らしきものが流れている。そこまで、笑うことじゃないだろう。
私が、アルベドが、笑いやむのを待っていれば、アルベドは、ふぅと、息を吐いて、私の方を見た。満月の瞳が、私を射貫いて、肩が大きく跳ねてしまう。いつもの事。でも、アルベドの瞳って、髪色と同じぐらい、存在感があるから、見つめられると、ドキッとしてしまうのは仕方がない。
「俺が、ラヴィを好きねえ……」
「ほんとのことでしょ」
「まあ、否定はしねえな」
さっき、愛してるって言ってたもん。分かる、分かるよ……だって、ラヴァインに、悪意があったわけじゃないし、でも、ドが過ぎているって言うのは、第三者視点から見ても分かる。兄に認めて貰うためだけに、そこまでするかって。
ヘウンデウン教に入って、人を殺しまくって、非人道的なことにも手を貸して。
アルベドからしたら、それは許せないことだろうし、私だって、そんな人だって知っていたから、彼を信頼するまで時間がかかった。今でも、彼の過去が消えるわけじゃないから、彼がその片鱗を見せたら、成敗するだろうし。
けど――
(私が、トワイライトを好きなように、アルベドもラヴァインのことが好きなんだろうなって。ブライトが、混沌だって分かりながらも、ファウダーに寄り添ってみようと試みていたように……ね)
きょうだいってそう言うものだと思う。勿論例外はあるし、親子関係でぎすぎすしているなら、きょうだい間でもぎすぎすすることは大いにあり得るわけで。人の数だけ、関係があるけれど、本気で嫌っているのなら、此の世界、ある意味、殺しが寛大に扱われてしまっていて、行方不明者の捜索とかも前々だから……人の命が軽く扱われてしまうような世界だから、きょうだいを殺したところで、何も言われないのかも知れない。本気で、嫌いなら、そういう方法だってとることは出来てしまうわけで。
でも、アルベドはそれをとらなかった。少なからず、ラヴァインに気があったから。
良いお兄ちゃんだって思う。
それに比べて、私はそんな良いお姉ちゃんになれたかな……とか。
「彼奴の素直な気持ちが聞けたから助けた。まあ、さっきエトワールが言ったように、きっと、言われなくても、助けてただろうな。混沌の破片を体内に取り込んじまった彼奴が、自我を喪失するのも、時間の問題だったしな」
「そ、そんな危険な状態だったの?」
そうまでして、アルベドに認めて貰いたかったのか。強さを、自分の存在価値を。
災厄で、幾ら思考がねじ曲げられるとは言え、元から持っていたラヴァインからアルベドの思いって言うのは相当何だろうなって思った。ラヴァインが、アルベドの事大好きブラコンっていうのは、薄々思っていたけれど、相思相愛の、ブラコンじゃんって。
ただ、すれ違いと、言葉が足りなすぎるけれど。そこがあれば、もっと早めにわかり合えていたのかも知れない。嫌だけど、災厄がなければ……
「まあ、俺が変われたのは、エトワールのおかげでもあるしな。彼奴と向き合うと思えたのは、お前がきっかけだ」
「だから、私は何もしてないって」
「お前を中心に、つか、挟んで兄弟げんかしてたからな」
「最悪じゃん!」
それは、初耳過ぎる。てか、何してくれているんだと。
確かに、彼らに巻き込まれていた自覚はあるし、もしかしたら、そうなのかもなあ、とかは思っていたけれど、実際言われると、そのダメージが大きいというか。あえて、今言ったんだなって言うのは、分かった。今じゃなきゃ、きっと私も許せなかったし。
二人の関係の修復のために、だしに使われたと。
「まあ、アンタ達のなかが戻れば良いじゃない。私は、利用されたってだけで」
「血は抗えないよなあ。彼奴と、好きな女のタイプが一緒だからな」
「厄介な、兄弟に好かれたってことね……はあ……私の何処が良いの」
「魅力に気づいていないところだな」
「何それ」
くくっ、と喉を鳴らして、アルベドは笑うと、また、私の頭を優しく撫でた。もう、癖なんだろうなあって、私は抵抗も何もしなかった。
「それで、この生活はいつまで続くのよ」
「もう、飽きたのか?」
「そうじゃなくて……って、何!?」
「しっ、誰かくるぞ」
と、アルベドが、私の口を塞ぐ。私は、いきなり、彼のスイッチが入れ替ったことで、心臓が大きく跳ねた。ドクンドクンと嫌な脈打ち方をし、もしかして、敵!? と身構えてしまう。だが、アルベドの手はゆっくりと下ろされ、少し私の前に出た後、チッと大きな舌打ちを鳴らした。
がさごそと揺れる茂みからヒョコリと、ピンク色の頭が二つ見えてしまった。
まさかのまさかである。
「ぶはっ……って、あれ、聖女さまじゃん」
「聖女さまじゃん」
久しぶりに効いた声……でも、頼むから、指を指さないで欲しい。
この二人も、良いところのお坊ちゃんって感じで、それ以外教養……一般常識が欠けているんじゃないかって思うところがある。そう、人に指を指すところとか。
「ルクス、ルフレ……」