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「会って一日目で君を『愛してる』とは言えない。でも、とても好ましく思ってるよ。だから試しに手を繋いでハグをしてみて、確かめ合ってみたい。恋愛において〝試す〟なんて遊び人っぽい言い方だけど、何事も実践してみないと分からないと思う。結婚相談所みたいに書類で相手のステータスが分かっても、実際に話してみるまでは分からないだろ?」
「……そうですね」
今まで私は男性に気やすく触る女を見下していたし、「尻軽」と思っていた。
でも彼女たちはボディタッチする事で相手の反応を窺い、より良い彼氏をゲットするための手段にしていたのかもしれない。
(……男の人に触るって、こんなに勇気の要る事だったんだ……)
私はドキドキと胸を高鳴らせながら、バルコニーの欄干に置かれてある三日月さんの手を見る。
彼の手は私の手よりずっと大きくて、ゴツゴツしている。
私は朱里みたいにスラッとした綺麗な手をしていないし、ネイルだってしていない。
結構パワーがあるほうだし、ゲームセンターのパンチングマシーンでそこそこいい得点を出せる。
なのにその〝逞しい手〟は、三日月さんの手の隣にあると、頼りない〝女性の手〟になってしまう。
(……恥ずかしい)
並んだ手を見つめて赤面していると、不意に三日月さんが手を握ってきた。
「ひぁっ!」
びっくりした私は声を出してしまい、そんな声を上げた事がないので、二重に驚いて手で自分の口元を塞いだ。
とっさに彼を見ると、パチッと目が合う。
すると三日月さんはクシャッと笑って「可愛い」と言った。
(~~~~っ、『可愛い』とか!)
私は手を握られたまま、反対側を向いてプルプルと打ち震える。
「……っははっ、ホントに可愛いな。手を握っただけでこんな反応するなんて、ハグしたらどうなるの?」
私は愉快そうな声を聞きながら、可動域の限界まで横を向いたまま、「……し、知りません……」と答える。
すると三日月さんは両腕を広げ、「おいで」と微笑んだ。
「えっ……?」
(いきなり『おいで』と言われても……)
脳裏に浮かんだのは、ご主人様のもとにまっしぐらな忠犬の姿だ。
(そういえば、両腕を広げたご主人様に、助走付きジャンプで抱っこされる犬の動画を見たっけ)
その動画を見て「よほど信頼していないとできないだろうな」と思ったけれど、人間だってある程度同じだ。
好意がなかったらハグなんてさせないし、自分に危害を加えないと信じられなければ、パーソナルスペースにも入れたくない。
極端な話、治安の悪い所でなら、近づいただけで危害を加えられる可能性だってあるから。
(でも……)
ニコニコしている三日月さんからは、純粋な好意しか感じられない。
彼は大らかな雰囲気があるし、余裕のある立ち居振る舞いをしている。
立ち姿一つにしてもゆったりとしていて、大体の人は彼に好意を抱き、安心感を抱くかもしれない。
(……いい人だって分かってるけど……)
私は欄干にもたれ掛かっていた体を起こし、不安げな表情で三日月さんに対峙する。
けれど男の人に抱きついた事なんてないから、ビビってしまって足が進まない。
戸惑ったまま固まっていると、三日月さんが「ハグしても?」と尋ねてきた。
「……い、……いい、……ですけど……」
どうしてツンデレみたいな答え方になってしまうのか。
横を向いて黙っていると、彼は歩み寄って静かに私を抱き締めてきた。
「っひ、…………ぅっ」
大きい。
背の高い人だとは思っていたけど、抱き締められると私の顔は彼の胸元ぐらいになる。
加えてめっちゃいい匂いがするし、温かいし、朱里みたいに華奢で柔らかくなく、筋肉質でしなやかな体をしてる。
――男の人だ。
そう理解した瞬間、ブワッと全身の毛穴から汗が噴き出したように思えて、カッカッと体が火照ってくる。
(どうっ、……すればいいの……っ)
ガチガチに固まって棒立ちになっている私の背中を、三日月さんはトントンと叩いてリラックスするよう促してきた。
そして、耳元で囁く。
「ほら、可愛い」