ふと、自分が夢の中に居ることに気が付いた。夢の風景は波の緩やかな音が響いている、広く青い海だった。濡れた砂利の硬い感触が足の裏にくっつくように触れ、ひんやりと足を冷やしていくその感触につい口角が上がる。
夢の中の私は海の浅い場所に自身の足を沈ませ、ケラケラと楽しそうに笑っていた。ぴちゃぴちゃと水が飛び跳ねる音が私の笑い声と重なって聞こえてくる。
意識ははっきりとしており、夢だと理解しているのにも関わらず、体はどうしてか思うように動けない。まるで自分ではなく、テレビに映った誰かのことを眺めているかのような違和感が体を蝕む。夢だから仕方ないのかもしれないと無理やり納得しようとした瞬間。
「そんなはしゃいでっと溺れるぞ」
呆れるような笑いを含んだ、耳に心地よい声が私の鼓膜に触れた。途端、胸がドキンと大きく高鳴り、体が一文字も聞き逃さないというように彼の言葉を吸い込んでいく。
誰だろう、この声。聞いたことがある。いつも一番傍に居る人。けどイザナくんじゃない。イザナくんの声はもっと低い。それに、イザナくんは私を外に出してくれないから海になんて来ない。
─…じゃあ、誰なの。
「○○」
にこりと目の前で無邪気に微笑む少年が私の名前を呼んだ。
年は私と同い年辺りだろうか。その顔立ちや雰囲気に何故か既視感を覚えた。
フワフワとしている肩辺りまで伸びている金髪をハーフアップのように結い、黒色の宝石を埋め込んだのではないのかと思ってしまうほどの大きな瞳で私を見つめてくる少年。
その少年の顔を見た瞬間、突然錆び付いた引き出しを無理やり開けられるような不快感が稲妻のように体を駆け抜けていき、頭の芯がズキズキと軋むように痛みだした。
それと同時に、キーンと金属に爪を立てているような甲高い耳鳴りが頭に詰まって出て行ってくれない。目を閉じても体をギュッと縮ませても収まらない痛みと不快感にどうしようと焦りだしたその瞬間、段々と意識が頭からこぼれ落ちていくのを感じた。
まって、いやだ、まだ覚めたくない。まだ貴方と一緒に居たい。名前を教えて。
深い水の中に溺れたかのように手足をバタバタと暴れさせ抵抗するが、そんな私の思いとは裏腹に、夢の中に居る少年は遠のいてく。
「…ずっと好きだから」
ざわざわとぶつかり合う波の音が大きくなる。苦しそうにそう言葉を零す少年の姿を最後に、視界はシャッターが降りるように真っ暗になった。
『…ん』
ぱちり、瞼が勝手にひらいていく。
眠気の籠った視界に広がる光景は海なんかではなく、イザナくんと一緒に暮らしているあの一室だった。見慣れたその無機質さに心の中でこっそりと落胆し、溜め息を零す。
あの少年は誰だったのだろう。と、寝起きで未だぼんやりとしている頭で考える。
だけど夢の余韻はもう消えかけており、煙のように淡い記憶だけが脳内に漂っている。
もう思い出せないなと悟り、空虚になってしまったような寂しさに浸かっていると突然、カランと聞き慣れたピアスの音が鼓膜を揺らした。それと同時に、視界の端に痛みのない細い白髪が映った。褐色の手が私の目にかかった髪を優しく払っていく。
「はよ、○○」
そう言って優しく微笑む彼の姿が、夢で見たあの少年と重なる。
おかしいな、髪の色も肌の色も雰囲気も何もかも全然違うはずなのに。
頭ではそう分かっているのに、寝起きで麻痺した体はぼんやりとしたことし考えてくれず、挙句の果てにはもしかしたら気付いていないだけでまだ夢の中なのかもしれないという考えまで浮かび上がってしまった。
夢、夢なら。きっと。またあの少年に会えるかもしれない。
『…まん、じろー?』
気が付けばそう呟いていた。掠れた自分の声が鼓膜に響き、舌が震えた。
言い終わった瞬間、とてつもない懐かしさに涙が出そうになった。知らない人のはずなのに、感情のコントロールが上手くいかず、鼻の奥がツンと痺れた。
だけど寝転ぶ私のことを覗き込むイザナくんの表情を見た瞬間、ナイフを胸元に突きつけられたような恐怖を感じて温まっていた気持ちが急激に冷えていくのを感じた。
「…誰が、万次郎って?」
ドスを利かせた低い声と鋭い視線とともに、イザナくんの親指が私の首筋を撫でた。彼の指を追うように感じる軽い圧迫感に掠れた息が喉を通り、自分の身に起こっている事実を上手く噛み砕くことが出来なかった。先ほどとは全く違う冷たい涙が頬を伝う。
「オマエは誰の女だ?万次郎?ちげぇだろ。寝ぼけてるとかほざくなら覚ましてやるよ。」
そんな言葉とともに皮膚を這っていた指がピタリと止まり、代わりに彼の両手が私の首を包み込んだ。そのままギュッと力を込められ、呼吸を封じ込まれる。脳がチカチカと白く点滅し始め、心臓を直接締め付けられるような息苦しさが私を襲った。
それが危ないことだなんて考えなくても分かり、濁った悲鳴が狭い声帯を伝って口から飛び出てくる。私の首を絞めるイザナくんの手に必死に爪を立て抵抗するが、私を見下ろす紫色の瞳の闇が濃くなっていくだけで、何も変わらない。
「言えよ、ほら。オマエは誰と付き合ってんの?」
早く言え、と追い打ちをかけるように私の首を絞めるイザナくんの腕の力が強まっていく。
『…ぅ、ぁ。イ、ザナ…く』
『イザナく…ん、です…!』
半ば吐き捨てるようにそう言うと、それまで感じていた圧迫感が緩み、息がしやすくなった。
過呼吸のように激しく息を吸う私を見つめるイザナくんの瞳は、まだ濁ったままだった。
続きます→♡1000
イザナくんの人生最大の地雷を踏んだ夢主
VS
万次郎の話はもうしないで状態のイザナくん
コメント
5件
はー、えぐい、すき。くろたんのノベル大好きすぎる。 普通の長文とかって、小説じゃない限り縦だと見る気失せるんだけど、くろたんのは見てて飽きないんよ🫠💗むしろずっと見てたいっす。 実際には表現できないような難しいことをくろたんはしっかりと文章にできてるのがほんとすごい。尊敬します✊🏻💝 愛が重くて独占欲の強いイザナが溢れ出てて書き方上手すぎるね。小説家なれるよ🥹💕
えええいやんもうだいすき😖💞 首絞め、、!! そ~ゆ~の超好き т ̫ т 最高の言葉以上に最高です🥹💗 次回が楽しみすぎる🤦🏻♀️🤦🏻♀️💘