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最終話:世界で一番不器用な魔法
若井side
正門での兄との対峙は、元貴の奇策と高氏の(無駄に)熱い説得、そして何より涼架自身が放った「僕は、お兄ちゃんの操り人形じゃない」という震える一言によって、一旦の幕引きとなった。
兄貴は何も言わず、ただ見たこともないような虚無を瞳に宿して去っていった。
放課後。夕闇が迫る音楽室は、放課後の喧騒から切り離されたように静まり返っていた。
「……久しぶりだな、ここに来るの」
涼架が、机に置いてあるフルートケースを愛おしそうに撫でる。
「中学の時、お兄ちゃんに『時間の無駄だ』って言われて、僕、楽器をクローゼットの奥に隠しちゃったんだ。…でも、今日、元貴たちが『取りに行こうぜ!』って家まで付いてきてくれて」
「…あいつら、お節介だからな」
俺はピアノの椅子に腰掛け、ケースを開ける涼架の手元を見つめていた。
組み立てられた銀色の管が、夕日を反射して鋭く光る。
「…滉斗、聴いてくれる?」
「ああ。そのために来た」
涼架が息を整え、楽器を構える。
その瞬間、それまでの「弱々しい弟」の面影は消えた。
奏でられた旋律はどこまでも澄んでいて、けれどどこか切ない。
兄貴の影に怯えていた日々、誰にも言えなかった孤独、そして今日見つけた小さな自由。
音が言葉以上に饒舌に彼の心を語っていた。
一曲が終わると、涼架は少し照れたようにフルートをおろした。
「…どうかな。だいぶ指鈍っちゃったけど」
「…わかんねーよ。音楽のことなんて。…でも」
俺はポケットの中で、一日中握りしめていたルーズリーフの感覚を確かめた。
「…兄貴の言う通りにしてた時のお前より、今の音の方が、ずっとマシだ」
「ふふ、滉斗らしいね。…ありがとう」
涼架がフルートを片付け始める。
今だ。今言わなきゃ、俺は一生後悔する。
「……おい、涼架」
「ん?」
俺は立ち上がり、ポケットからクシャクシャになった四つ折りの紙を差し出した。
「これ。…やるよ」
「え?…何これ、お菓子?…あ、お手紙?」
涼架が不思議そうに髪を受け取る。
俺はあえて視線を逸らし、音楽室の窓の外、沈みゆく太陽を睨みつけた。
「…読め。今すぐ。…読み終わるまで、俺を見るな」
「……わかった」
紙を広げるカサカサという音が、静かな教室に大きく響く。
俺の心臓は、ドラムの連打みたいにうるさい。
『 涼架へ』
から始まる、俺の殴り書き。
お前が毎日受け取っている、誰かへの想いが詰まった綺麗な手紙とは程遠い、ただのルーズリーフ。
「……っ」
短い吸入音が聞こえた。
時間が止まったような沈黙の後、涼架の声が、震えながら俺を呼んだ。
「…滉斗」
「…見るなって言っただろ」
「……無理だよ。だって…『藤澤涼架』って、書いてあるんだもん」
たまらず振り返ると、涼架は紙を胸に抱きしめたまま、ボロボロと大きな涙をこぼしていた。
「……お前、泣きすぎなんだよ。バカか」
「だって…僕宛の、手紙。…お兄ちゃんじゃなくて僕の名前が、こんなに大きく…っ。…滉斗の字、すごく力強くて…『俺はお前の名前しか呼びない』って……」
涼架は泣き笑いのような表情で、俺の腕を掴んだ。
「僕ね、ずっと怖かったんだ。 …お兄ちゃんの影が消えたら、僕には何も残らないんじゃないかって。…でも、滉斗がこうやって書いてくれたから。…僕、ここにいていいんだって、初めて思えたよ」
「…当たり前だろ。…お前がフルート吹くなら、俺がギターやるって書いたのも、嘘じゃねーからな」
「うん。…ねえ、約束だよ?滉斗。…いつか、二人で、元貴たちも一緒に、僕たちの曲やろうね」
涼架が、涙に濡れた顔で、今日一番の笑顔を見せた。
その笑顔は、兄の支配も、過去の劣等感も、全て溶かしてしまうほど眩しかった。
「…ああ。約束だ」
俺は、自分でも驚くほど優しい手で、涼架の頭を撫でた。
猫の気まぐれみたいな俺たちが、初めて見つけた静かな場所。
窓の外では、夜が始まろうとしていたけれど。
俺たちの音楽室には、消えることのない小さな光が灯っていた。
次回予告
[エピローグ:鏡合わせの孤独]
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ここまで読んでいただきありがとうございます!エピローグもぜひ!
感想待ってます👐
コメント
2件
最終話まで最高でした!!😭✨ エピローグも楽しみにしてます!💞