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「ーーなんて、そんな事本気で言うと思っていたのですか?」
そうユキは口に溜まった血を、アザミに向かって吐き飛ばす。アザミの精悍な顔にその血が掛かり、垂れ落ちるがアザミの表情は変わらない。
「狂座側に付く位なら死んだ方がマシです。それでも私は……絶対に負けられない!」
それがユキにとっての、最後の意地だった。
「それがお前の答え……か。命より誇りを選ぶ、お前のその考え、嫌いじゃないがな。本当に残念だ……がーー」
アザミは微笑しながらも右拳に力を集約し、掴んでいる左手をそっと放す。
「やめてぇ!!」
まるで時が止まったかの様にゆっくりと。
「散れ!!」
時が動き出す。アザミの渾身の一撃が、右拳から放たれたのだった。
その一撃によりユキの小さな身体は、遥か後方の絶壁まで吹き飛び、其処へ埋め込まれる様に追突する。其処からは土砂崩れを起こしたかの様に、ガラガラと崩れながら白煙が巻き上がった。
「ユ……キ」
アミはその光景に言葉も出ない。
それは死という現実。その現実を直視したくはなかった。
「あとは光界玉の奪取か……」
アザミはアミに目も暮れる事無く、絶壁の空洞へ向かい歩を進める。
“見逃された?”
そう思った時には既に、アミはアザミの前に立ちはだかり、小太刀を向けて構えていた。
「このまま行かせない!」
“勝てる筈も無い事は分かっていても!”
「止めておけ。奴の命に免じて、お前だけは見逃してやる。命を捨ててまでお前を守ろうとした、奴の想いを無駄にするな……」
アザミは構わず歩を進めようとするが、アミはその場から動かない。
「馬鹿にしないで! 私一人生き残る訳にはいかない!」
涙ながらに叫びながらもアミは、アザミに対して構えを解かなかった。
「それを犬死にというのが分からんか?」
「分かってる……。これは犬死にかもしれない。それでも……此処は退けない!」
“ごめんねユキ……。でもユキ一人を逝かせはしないからーー”
「全く、お前達人間というのはよく分からんな……」
アザミは立ちはだかり動かないアミに、ふと妹の事を思い出す。が、すぐに消えアミへ向けて右手を翳す。
「ならば、すぐに同じ処へ送ってやろう。あの世で仲良く暮らすがいい」
“せめて一太刀……”
アミがアザミに向かって斬り掛かろうとする、その時だった。
「まだですーー」
“ーーっ!?”
二人はその透き通る様な、有り得ない筈の声が確かに聞こえた。
その声がした方向。崩れかける絶壁から突如、青白い光が溢れ出す。
その光の中心にはユキが立っていた。
「ユキ……生きて……」
ユキが生きていたという事実。それだけでアミは涙が止まらなくなる。
痛々しい迄に傷ついたその姿。彼の周りに発せられる青白いその光は、まるで消え逝く命の灯が如く、それでも美しく輝いていた。
大地は震え、ユキの周りは全て凍っていき、塵になっていく。
「おいおい……いくら何でも有り得ないだろ? 何故まだ生きていられる?」
その姿に流石のアザミも動揺は隠せない。
あの一撃は死ぬ処か、原形を留めない位に悲惨な事になってもおかしくなかったからだ。それは例え特異点と云えど、例外では無い。
「万物の運動を停止させる氷点には『-273.15℃』という、最低温度が存在します」
ユキはアザミに向かってゆっくりと歩を進め、倒れそうになりながらも口を開く。彼が纏うその蒼白の光は、此れまでの冷気とは何かが違っていた。
「これが特異能ーー無氷、最大顕現“絶対零度”ーー終焉雪」
正に全てを凍らせる程の冷気。彼の周りを漂う蒼白の光の粒子は、終焉を告げる雪の如く。
「だからどうした? いくら温度を下げようが、俺の復元には無意味だという事が、まだ分からんのか」
その冷気の凄まじさを見て尚、それでもアザミは動揺を見せなかった。
ユキは途中で落ちて地に刺さっていた雪一文字を抜き、アザミへ向け刀を突き付けた。
「アザミ、アナタは確かに強い……。だからこそ私の全てを込めて、星霜剣“最終奥義”にてアナタを倒す」
“恐らく、これが奴の事実上最後の一撃。今なら阻止する事は容易いが……”
「フン」
アザミはニヤリと微笑する。
“いや、それは不粋だな。ーー面白い!”
「いいだろう。お前の最後の一撃、真っ向から受けてやる! それで俺を倒せるものならな」
アザミは構え、右拳に力を集約する。絶対の自信は元より、彼の最期の意志を尊重する気持ちがあったのかもしれない。
何より、アザミ自身も本気でぶつかってみたかった。これ程の高揚感もといーー危機感を覚えたのは四死刀との闘い以来。その上で勝つと。
「最後の勝負を受けてくれた事、感謝致します……」
ユキは“本来は受ける必要の無い”勝負を承諾したアザミに礼を述べ、刀を天へと掲げた。
ーー瞬間周りの冷気、蒼白の粒子は雪一文字へと集約していき、その刀身は蒼白に輝いていく。
「星霜剣 最終極死霜閃 ーー“無氷零月”(むひょうれいげつ)」
アザミは確かに見た。その極零に佇む、美しくも小さきながら絶対成る死神の姿を。
もしかしたら敗北の可能性も有るかもしれないと。それは初めて、自らの死をも予感させるに足るーー
「なら打ち砕いてみせよう! 俺の全身全霊を込めた一撃で!」
アザミの右拳に集約された闘気は、かつてない程に溢れていた。それは相対する極零に勝るとも劣らない。
刹那、二人の戦闘思考が最終段階に移行した。それはこの闘いが、次で終幕を迎える事を意味していた。