第2話:演じたい自分
教室に入ると、景色が変わっていた。
以前は静かで、どこか重たい空気が流れていたこの教室。
だが今は、誰もが“なりたい自分”を顔に貼りつけ、明るく、誇らしげに振る舞っていた。
ユイナのクラスメイトたちは、すでにマスクを装着していた。
金髪の美男子風マスクをつけた男子生徒。
無表情な能面のようなマスクで周囲の空気を読まない女子。
猫耳付きの子どもじみたマスクで、甘え口調を演じる男子までいた。
みんなが、「こうありたい自分」を必死に装っているのが、ユイナには見えていた。
彼女は一人だけ素顔のまま、教室の隅に座る。
誰もがマスクをつけている中、自分の“視える目”だけが浮いていた。
休み時間、教室の外れで声が響く。
「なあ、ユイナ。お前、マスクつけてないよな?」
声の主はアカリ。
以前は引っ込み思案だったはずの彼女が、今は紅く艶やかな仮面をつけていた。
マスクには花びらのような模様が浮かび、服装も地味な制服から、まるで舞台衣装のように変化していた。
「私は変わったんだよ。演じるって、楽なんだよ?“本当の自分”なんていらない。」
言葉に強がりはなかった。
でもユイナの目には、アカリのマスクの奥に“焦燥”と“自己否定”が燃えているのが見えた。
「嘘だよ、それ。」
ユイナがそう言った瞬間、アカリのマスクが光り、風が吹き抜けた。
「だったら証明してよ!演じる力の方が、“本当”より強いって!」
教室の窓が砕け、床がきしむ。
アカリのマスクが花びら状に変形し、両腕から鞭のような布を伸ばす。
ユイナは即座に立ち上がり、右手に“視える”力を集中させた。
セレスティアルマスクの紋様が、手の甲に浮かび上がる。
布の鞭が襲いかかる。ユイナは横跳びしながら机を蹴り上げ、上空で一瞬回転する。
その視界の中、アカリのマスクの亀裂が見えた。左側、耳元の下――そこが弱点だ。
地面に着地したユイナは、その一瞬の隙を突いて滑り込み、手を伸ばす。
指先から放たれた淡い光がアカリのマスクに接触し、そこに“真視の印”が刻まれる。
アカリが叫ぶように動きを止める。
マスクの表面に、彼女の“演じたかった顔”と“本当の顔”が重なって見える。
「苦しいよね、ずっと演じてるのって。」
ユイナの声は静かだったが、教室全体に響いていた。
花びらの仮面が砕け、アカリが崩れ落ちる。
静かにマスクが光を放ち、ユイナの手の中へと収束していく。
誰もが黙り込んだ教室で、ユイナだけがまっすぐ立っていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!