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第3話:一枚目の回収
ユイナはその日、学校を早退していた。
理由はひとつ――自分の力が、“ただの観察者”ではなく、誰かの“行動”を引き寄せ始めていると感じたからだ。
灰色の空の下、人気のない地下鉄跡に足を踏み入れる。
壁は錆び、蛍光灯は明滅していた。だがその奥に、確かな気配があった。
誰かが、待っていた。
低く笑う声がこだまする。
「“視える奴”ってお前か。」
現れたのは、長身の男。
黒いロングコートに、つばの広い帽子。マスクは銀に縁取られ、口元だけが異様に笑っていた。
目は見えず、仮面全体がまるで“顔そのもの”のように彼の表情を支配していた。
男の名はカイ。
“回収者狩り”と呼ばれる存在。マスクを集める者を狙って倒し、そのマスクごと消す異常者。
ユイナは一歩も動かず、その目で男のマスクを見つめる。
(この人のマスク……耐久値は高い。でも“感情”が空白…? 感じてない?)
その刹那、男が指を鳴らした。
背後の空間から、金属の鎖のようなマスクパーツがうねるように現れ、ユイナの足元を狙って巻きついてくる。
床を滑りながら回避。コートの裾が切り裂かれ、空気がバチッと焼けるような音を立てる。
ユイナは反撃に転じる。
右手に光が収束し、セレスティアルマスクの紋章が青く輝いた。
「サイトブレイク」
彼女の視線が一点に集中した瞬間、カイのマスクに青い裂け目が走る。
マスクの“表面意識”が乱れ、能力の制御にわずかな綻びが生まれる。
その隙を見逃さず、ユイナは前方へ飛び出す。
ジャンプ中、足元の瓦礫を踏み台にして急角度の軌道を作る。まるで空を蹴るような跳躍だった。
空中で手刀のように右腕を突き出し、男のマスクの裂け目に強制干渉をかける。
光がはじけ、マスクが振動する。
カイが後退しながら睨みつけた。
「なるほど……。確かに“視える”な。だがそれだけじゃ、俺は止められねえ。」
彼の背後、空気が“縫われる”ように収束し、四枚のマスクが浮かび上がる。
複数の人格とスキルを操る多重マスク使い――“チェインタイプ”。
ユイナの目が鋭く光る。
「じゃあ、見抜いて、止めるだけ。」
その言葉と同時に彼女の手から放たれた光が、四枚のうち一枚のマスクに命中する。
そこには“演じたかったものではない、誰かに押し付けられた人格”が宿っていた。
マスクが砕けた。
その一撃で、チェイン構造が崩れ、男の身体ががくりと揺れる。
ユイナは静かに歩き、倒れた男の最も古いマスクへと手を伸ばした。
それは、彼が“自分を守るために最初に被った仮面”だった。
そしてそのマスクは、光の粒となってユイナの手の中へ消えていく。
こうして、ユイナの一枚目のマスク回収が完了した。
だが、その戦いを遠くから見つめている影がひとつ。
小さなレンズが、彼女の姿を記録していた。
「回収者――確定。第3観測対象として登録」
物語の裏で、もう一つの動きが静かに始まっていた。