テラーノベル
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【NO side】
玄関のドアが、静かに閉まった。
「……ただいま」
返事がない。
靴を揃えて顔を上げた瞬間、翠は察した。
リビングの灯り。
全員、集まってる。
リビングへのドアを開けると、ソファに桃と茈。
その近くに黄。
床に瑞。
そして、中央——赫。
テレビは消えている。
空気が、張りつめていた。
「……座って」
桃が短く言う。
翠は頷いて、近くの椅子に腰を下ろした。
背筋を伸ばすのが、やけにしんどい。
赫は、俯いたまま動かない。
膝の上で、指を絡めて、ほどいて、また絡めて。
「……赫っちゃん」
黄が、そっと声をかける。
「無理しなくていいから」
その一言で、赫の肩が小さく揺れた。
「……別に」
赫は、絞り出すみたいに言う。
「大した話じゃねぇし」
誰も、否定しない。
ただ、待つ。
沈黙が長くなるほど、
翠は胸の奥がざわついていく。
——この感じ
——知ってる
赫が、やっと顔を上げた。
目は合わない。
「……学校で」
一拍。
「ちょっと、面倒なことがあって」
“ちょっと”。
その言葉に、翠は無意識に指を握りしめた。
「無視とか」
「物、勝手に動かされたりとか」
語尾が、曖昧になる。
「俺が悪いんだと思ってたし」
「気にするほどじゃないって……」
瑞が息を呑む音がした。
赫は、笑おうとして失敗する。
「……でも最近」
「教室入るの、だるくて」
言いにくそうに、言葉を探す。
「家に帰ってくるとさ」
「やっと終わったって思うのに……」
声が、少しだけ震えた。
「……それでも」
「言うの、怖かった」
桃も、茈も、遮らない。
赫は唇を噛んで、続ける。
「心配かけるし」
「俺より、もっと大変なやつもいるし」
その瞬間、
翠の呼吸が、ほんの少し乱れた。
——同じ
——全部、同じ理由
でも、誰も翠を見ていない。
今、ここで大事なのは、
赫の言葉だから。
「……今日」
赫は、ぽつりと落とす。
「瑞が、楽しそうでさ」
瑞が顔を上げる。
「それ見て」
「俺、なんでこんな黙ってんだろって……」
赫の声が、掠れる。
「気づかれないまま」
「終わるの、怖くなった」
その言葉が、
翠の胸に、深く沈んだ。
——気づかれない
——終わる
翠は、視線を落とす。
膝の上で、指先が小さく震えている。
「……話してくれて、ありがとう」
桃が、低く言った。
その声を聞きながら、
翠は思う。
——俺も、同じなのに
——でも、今は言えない
ここで言ったら、
赫の勇気を、奪ってしまいそうで。
翠は、何も言わない。
ただ、静かにそこにいる。
自分の傷を、
まだ誰にも見せないまま。
コメント
1件

えやばいほんとに天才すぎて泣ける( 対比の感じが良すぎる。 翠っちゃんが辛いもう悲しいです(