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ipadの画面一杯に高校の制服姿の力が微笑む
コホン・・・『え~・・・18歳のお誕生日おめでとう、沙羅』
まだ18歳のあどけなさが残っている力は海をバックに風に髪をなびかせて画面に向かって話す
『プレゼント気に入ってくれた?ディオールのピアス、それ限定なんだ、・・・でもそれだけじゃ寂しいから・・・やっぱりほらっ・・僕の一番得意なのは「コレ」だから・・』
そう言った力が画面にギターを映す、太陽よりも眩しい笑顔で微笑んでいる
エへへ・・・
『沙羅の事を想って作った曲、No15だよ!もう15曲も出来たって早いよね、今回は二人で一緒にユニバに行った時に感じた事を曲にしたよ、いつも可愛いくて、僕の心の支えになってくれている沙羅へ・・・それでは聞いてください、「ユニバの歌」』
スマホの画面から力の歌声とギターを奏でるメロディーが流れる
沙羅の18歳の誕生日、力の誕生日プレゼントはユニバーサルスタジオジャパンのチケットとディオールのピアスとこの動画メッセージだった
力が知り合いに頼んで道路工事のアルバイトを1週間やって溜めたお金を沙羅の為に使ってくれた、最高のバースデーだった
一日ディオールのピアスを揺らしながらUSJで遊んで最後にこの動画をくれた、力の愛がこもったこのプレゼントをずっと沙羅は大切に持っていた
力からぱったりと連絡が途絶え、こっちから連絡をしても留守番電話にすらならなかった、健一も力の容態を心配している
また取り残されたのかと何日かは悲しみで泣いて沈んでばかりいるうちに、数日が数週間になり・・・1か月が過ぎた・・・
やがて悲しく虚しい気分でいるのも心底うんざりして、自分の人生を歩もうと決意した
そう決意したのに
朝起きて日課をこなすことぐらい、そろそろ楽に出来るようになってもいいはずなのに
けれども実際は違う、この一カ月、最後に力とビデオ通話した夜の事しか考えられなかった
あの時自分は力を怒らせる様な事を言ったり、何かしたりしたのだろうか・・・
あの夜、力はスマホの画面越しに二人で愛をたしかめあった後、コンサートが終わったらまた電話するからビデオセックスの続きをしようと言った
愛していると画面越しに語りかけてくる彼の姿が今だに脳裏に浮かんで目を開けていられない
どうしても彼を思い出してしまう
ハラハラ涙が沙羅の頬を伝う
彼は今重症なのだろうか・・・
どこか痛かったり、苦しかったりするのだろうか
力のいない日々は辛くなる一方だ、絶えず彼の事を考え、毎晩の様に彼の夢を見る、彼の腕に抱かれていた甘美なひと時を思い返すたびに胸が切なくなる
住んでいる世界が違い過ぎてもう二度と会うこともないのだろうか・・・
音々にはなんて言おう・・・
あなたのパパはもう帰ってこないかもしれないと・・・
チ―ンと大きく鼻をかむと突然沙羅のスマホの着信が鳴り出した、画面を覗くと真由美からだった
プッ「もしも・・・」
『沙羅!大変よっ!いますぐうちに来れる?』
「どうしたの?」
『力が今ライブ配信してるのよ!!一緒に観て!音々ちゃんも陽子もいるから!とにかく来て!』
沙羅は弾けるように立ち上がった
ああ!!力!!元気になったの?
沙羅はスマホを握りしめて着の身、着のままで真由美の家へと急いだ
休日のサラ・ベーカリーから真由美の家は徒歩で10分程度だ、しかし今のサラは心臓が早鐘を打ち、足取りは自然と速まり、小走りになっている
力のライブ配信・・・容態は大丈夫なの?どうして連絡くれないの?
病気療養中だと報道されていた彼が、突然画面に姿を現したというのだ、それなのに胸の奥ではざわめく不安が消えない、真由美の声にはただならぬ緊迫感があった
真由美の家のリビングに足を踏み入れると、そこは静かな緊張感に包まれていた
壁にかかった大きなネットテレビ画面には、力のインスタグラムのライブ配信が映し出されている、そこに音々、浩紀、真由美、陽子がいた
沙羅はすかさず大きな画面を見た、当然みんなも目が釘付けになっている
画面左上には「視聴者数:300,000」と赤い数字が映し出されて刻々と増えていっている
画面下部では、ハートマークやキラキラ光るギフトの絵文字、ファンからのコメントが竜巻のように次々と浮かび上がってくる
―力!かっこいい!―
―待ってたよ!―
―愛してる!―
―うれしい!―
―体調大丈夫?―
コメントの勢いは止まらない、そして画面中央に映る力を見て沙羅は一時停止した
「え?・・・」
「だよねっ?そうだよねっ?」
沙羅の驚きに真由美も陽子も同調する
自分の目を疑う・・・この画面に映っている人物は力なのだろうか?・・・さらにその人物が語る
『みんな心配かけてごめんね、うん、今は退院してソウルのマンションにいるよ』
そこはマンションの一室で、シンプルだが高級感のあるインテリアを背景に、彼はソファに座って画面にむかって微笑んでいる
今は力のトレードマークである黒い革ジャンではなく、代わりに白いTシャツにデニム姿、綺麗に整えられた髪や目鼻立ちは力そのものだが・・・どこか雰囲気が異なる
沙羅は一瞬でそれを感じ取った
「この人が・・・力だというの?」
彼女の声は小さく震えた、力だと言っている人物はスマホを手に、コメントを読みながらこちらに柔らかい笑みを浮かべている
『え? 雰囲気変わった? えへへ、そうなんだ、ちょっとガンになって痩せちゃったからかな?でも声は僕でしょ?』
「本当に・・・声は力なんだよね・・・」
真由美も眉をしかめて画面をじっと見ながら言う
「でもちょっと・・・機械的と・・・いうか・・・」
真由美の横のソファーに座っている陽子も言う
たしかに彼の声は力のそれに酷似しているが、どこか軽やかさに欠ける、コメント欄が竜巻の様に次から次へ浮かび上がってる
―力、大丈夫?―
―早く元気になって!―
―無理しないでね―
―配信嬉しい―
―痩せたね―
―力!愛してる―
と心配の声で埋まる中、彼は少しうるっとした目で画面を見つめた
『本当は・・・ちょっと以前より痩せた自分のビジュアルに自信が無くて・・・もっと早くみなさんとライブ配信したかったんですけど・・・』
彼は一瞬言葉を切り、笑顔を取り戻す
グスッ・・・『こんな僕でも、みんなは変わらず愛してくれるよね?』
沙羅は唇を噛んだ、力はこんなファンに甘えるような事は言わない
それは彼がデビューした時からずっと追っていたので分かっていた、力がファンに示す姿勢は「感謝」一択の姿勢だ、そして彼の歌声やパフォーマンスには、どんな時も揺るぎない自信があった
陽子と真由美が隣で呟く
「なんか・・・わざとらしくない?この喋り方」
「でも・・・力だと言われれば・・・信じちゃうかも・・・」
「これのどこが力なわけ?誰よ!コイツ!」
沙羅が思わず声を荒げた
画面では、力だと名乗る人物がコメントを読み続ける
『お待たせしました!〇月〇日のシンガポールを皮切りにワールドツアーを再開するよ! みんな、絶対来てね!』
―やった!―
―絶対行く!―
―待ってました!―
―力!ほんとに痩せた―
とコメント欄が大いに盛り上がる中、彼は親しげに笑うがその笑顔にはいつもの力の持つ熱量が感じられなかった、音々が画面を指さして沙羅に言った
「ママ、この人、パパじゃない」
「うん・・・この人はパパじゃないね・・・」
「どうしてパパの名前を使ってるの?」
沙羅は音々を耳通がある子のようにそっと耳を抑えて抱きしめた
「ごめんね・・・ママもわからないの・・・」
沙羅は音々をさらに強く抱きしめた、真由美がリモコンを握りながら言う
「ねえ、沙羅・・・この配信急に始まったよね、力ならいつも事前にライブ配信は告知するのに」
真由美の言葉に皆が頷く、力の配信はいつもファンとの絆を大切にする彼らしい告知があった、でも今回は突然のライブ配信で、まるで誰かが用意した舞台のようだ
画面の力の偽物はコメントにどんどん応える
『ハハ、みんなの愛、めっちゃ感じるよ! これから毎日配信するからね!え?うん、新曲が来月に出るよ、今猛スピードで作ってる、みんなの事思うと、どんどんインスピレーションが湧いて入院中ずっと歌を書き溜めていたんだ、毎月でもアルバムを出せる勢いだよ!』
うちわをパタパタしている陽子が顔をしかめて言った
「あたし聞いたことある!海外では公人や有名人には必ず「影武者」がいるって!」
真由美が首を傾げる
「という事はコイツは力の影武者という事?影武者が出ないといけない時って本人はどうしてるのよ?」
陽子の目がさらに曇った
「だから本人が公の場に出てこれない状態だから「影武者」が本人のフリをしてみんなの目をごまかしてるのよ!ハリウッドの俳優とかは自分の影武者を作るためにお金をかけて整形させるのよ!」
「そんなSFみたいなことってある?」
真由美は陽子の言葉にどうにか笑おうとしているけど上手くいっていない
「本当なんだって!!Xで見たもん!色んな人がおんなじこと言ってるよ!ゴムマスクとか!ミッションインポッシブルは実話だとか!日本の政治家や芸能人だって影武者かどうか検証してるアカウントもあるのよ!」
「またまた〜(笑)陰謀論?」
「真剣な人の意見を陰謀論だとバカにするのは差別よ!」
必死に訴える陽子に真由美が呆れる
「・・・とにかく・・・力が出て来れない何かがあるのは事実みたいね、こんなヤツを力だなんてバカにしてるわ!」
「拓哉もあれからいくら電話してもつながらないのよ・・・」
「この・・・偽物がコンサートで力の歌を歌うつもりなのかな・・・」
一気に沙羅の口の中が渇いた、不安で胸が押しつぶされる、全員が全員それぞれ胸に疑問を抱いている、その疑問は解かれないまま、だた不安だけが残り、最後は三人とも黙りこくってしまった