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真島家は、院須磨町の片隅にひっそりと建っていた。
それは古びた小さな屋敷で、一般的な民家より一回り大きいかどうかだ。
それでも和葉にとっては大きく見えたが、城谷家の大きな屋敷を見慣れている浸には小さく感じた。
佐江から場所と連絡先を聞いた後、浸はすぐに真島家へ連絡を入れた。要件を伝えると、真島家は快く浸達の訪問を受け入れてくれた。
二人が到着してすぐに、門が開いて和服を着た使用人と思しき老婆が現れる。
「お待ちしておりました。雨宮様と早坂様でございますね」
「急な訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ。暑かったでしょう。さあ中へどうぞ」
今は霊能者の家系ではないとは言え、真島家は由緒正しき名家だ。もっと堅苦しいイメージをもっていた和葉だったが、老婆の柔らかい物腰に拍子抜けしつつ安心してしまう。
中へ通され、畳の客間で机を前にして二人は正座する。
老婆はすぐに圭佑様をお呼びします、と言って客間を出て行った。
蝉の鳴き声と共に取り残され、和葉は少し緊張を覚え始める。老婆は穏やかで優しかったが、圭佑様と呼ばれている現当主まで優しいとは限らない。
しばらく待っていると、ラフな服装の三十代くらいの男性が現れ、静かに二人の正面に座った。
印象に残りにくい、際立った特徴のない顔の男だ。だがどこか端正な顔立ちでもある。
「えーっと……まず自己紹介ですね。真島圭佑(ましまけいすけ)です。すんません、こんな格好で」
二人は思わず目を丸くしたが、すぐにこの真島圭佑が圭佑様だと気がつく。
「あー……ほんとすいません。もうちょいそれっぽい格好してれば良かったんですけど、ついさっきまで私用で出かけてたもので……面目ない」
「いえ、失礼いたしました。私は雨宮浸という者です。雨宮霊能事務所でゴーストハンターをやらせていただいております」
「わ、私は早坂和葉です! 雨宮霊能事務所で、助手をやらせていただいております!」
浸に続き、慌てて和葉は頭を下げる。
「なるほど。いつもありがとうございます」
「……いつも、とは?」
「それは、いつもですよ。本当なら霊と戦うのは霊滅師の使命だ。それなのに霊滅師の一族だった俺達真島家はもう霊と戦えない。代わりに戦ってくれているようなものですよ、ゴーストハンターの皆さんは」
圭佑はそう答えると、バツが悪そうに後頭部をポリポリとかく。
「あなた方に限らず、俺は霊滅師の方やゴーストハンターの方に会う時は必ず礼を言うようにしてるんです」
「そうでしたか……。礼には及びませんよ。戦えないことは決して申し訳ないことではないのですから」
「ありがとうございます。……それじゃあ、本題に入りましょうか」
圭佑がそう言ったタイミングで、丁度老婆がお茶とお茶菓子を用意してくる。
いそいそと入室して机の上に並べると、老婆は頭を下げて退室していく。
「まず冥子について話しましょうか。彼女は俺の姉……真島佐江の娘なんで俺の姪っ子にあたりますね」
圭佑の話によると、父親は厳格な男で、真島家を再び霊能者の家系にしようと躍起になっていた。そのため、よその家から霊能力の強い者を連れてきて佐江と結婚させ、そうして生まれたのが真島冥子だったのだそうだ。
「姉さんとは会ったんでしたよね? まあその……すいません、多分失礼な態度だったんじゃないかと思います。姉さんは父とは仲が悪くて、結婚も無理矢理だったんで……色々……ありまして」
「そうでしたか……。大変な思いをされていたのですね」
「まあ、そうだったんじゃないかと俺も思います。最終的に旦那さんが家から出てった後、縁切られましたからね、うち」
ただ、と付け足し、圭佑はそのまま続ける。
「それでもこの町を出なかったのには、何かしら思うところがあったからなんじゃないかと思うんですよね。その内時間が解決してくれると良いんですが。父さんもういないし……おっとすいません、姉さんの話はこの辺にしておきましょう」
思わず佐江について語ってしまう圭佑だったが、慌てて話を本題に戻していく。
「冥子は姉さんと違って熱心でしたよ。小さい頃はよく俺と一緒に鍛錬してました。相手方の霊能力が高かったおかげか、俺達と違って霊視が出来ましたからね、冥子は」
「……ええ、真島冥子は真面目に鍛錬していました。それは私もよく覚えています」
月乃の元で修行していた頃も、冥子は必死で鍛錬していたことを浸はよく覚えている。だが真島家の話は一言も浸へは話さなかった。
それが少し悔しかったのもあり、浸は感傷的な気分になる。
「で、ここからはあなたもご存知かと思われます。城谷さんに弟子入りした数年後、冥子は霊具を真島家の蔵から持ち出した」
「……あの霊具は真島家にあったものだったのですね」
冥子が霊具をどこからか入手してきたこと自体は知っていたが、浸はその出処までは聞かされていない。
「そうです。雨宮さんにも内緒にしていましたか」
圭佑はそこで、小さくため息をつく。
「あれは俺の祖母……真島玲香の使っていた霊鎌(れいがま)なんです」
真島玲香という名前に、浸はピクリと反応を示す。
「そしてかつて、カシマレイコを祓った霊具です。それ以降、真島玲香は一度も除霊を行っていません。というよりは、行うことが出来なかったと聞いています」
「出来なかった……?」
問い返す浸に、圭佑は小さく頷く。
「真島玲香はそれ以降、霊能力を行使しようとすると激しい痛みに襲われ、戦闘はおろかわずかな霊視すら困難だったそうです。父を産んで数年で亡くなったらしいので、会ったことも話したこともないのですが……」
そこで一度区切ってから、圭佑はそのまま話し続ける。
「父はそれをカシマレイコの呪いだと言っていました。俺もそう思っています。そしてその日以降、真島玲香の霊具は蔵に封じられていました」
そう言った後、圭佑はしばらく躊躇うような表情を見せた。
何度か言葉を飲み込み、考え込んでいたが、やがて大きく息を吐く。
「……今から話すことは、もう長い間伏せられていた事実です。父はこのことを絶対に口外しないようきつく言いつけてきました。ですが……それは俺の代で終わらせることにします」
よほどきつく言いつけられていたのか、圭佑の額には薄っすらと脂汗が浮かんでいた。ひどく緊張しているのか、机の上に置かれた手で拳を握っていた。
「カシマレイコのルーツは、我が家にあります」
「なんですって……!?」
「……ついてきてもらえますか? 見てもらいたいものがあります」
そう言って立ち上がり、圭佑はどこか怯えるようにゆっくりと歩き出す。その背中を、二人は追いかけていった。
***
真島圭佑が浸と和葉を連れて行ったのは、屋敷の庭の裏にある小さな祠だった。そこに近づいてすぐに、和葉がピクリと反応を示す。
「……早坂和葉?」
「……なんだか、厭な感じがします」
「俺にはわかりませんが、やはり霊能者の方には何か感じるものがあるんですね」
圭佑はそう言って祠の横に回って屈み込むと、セメントで作られた土台に両手をついて強く押し始める。
突然のことに困惑する二人だったが、すぐに意図を理解した。
重苦しい音と共に、祠が土台ごとズレていく。
「……ふぅ。思ったよりはマシでしたが重いですね……」
「すいません、手伝うべきでしたね」
「いえいえ、これは俺がやらなければならないことですから」
圭佑の頬を流れる汗は、決して暑さのせいだけではない。穏やかに話してはいるものの、緊張しているのは誰の目にも明らかだ。
圭佑が祠のあった場所の土を払うと、小さな取っ手口が現れる。
「……大丈夫ですか?」
取っ手口を見つめて黙り込む圭佑に、思わず和葉が問いかける。すると、圭佑は緊張を隠すように笑って見せた。
「ええ、大丈夫です」
「……一体この下に何が?」
浸の問いに、圭佑はゴクリと生唾を飲み込む。
「カシマレイコの、死んだ場所です」
圭佑はそう答えると、ゆっくりと取っ手口を引っ張る。すると、人が一人通れる程度の狭さの穴が姿を見せた。
錆びた金具の足場に恐る恐る足をかけながら、圭佑は意を決したように降りていく。
「中は暗いですから、携帯のライトを使ってください」
圭佑に促されるまま、浸と和葉は携帯のライトを光らせると、圭佑に続いて下へ降りていった。
その途中で和葉は気がつく。
足場になっている金具の一番下には、古い血痕が残っていることに。
中は一切光源のない、真っ暗な洞窟になっていた。狭い洞窟の中を進んでいくと、すぐに少しだけ開けた場所に出る。
そこは行き止まりになっており、木で出来た棺が置かれていた。
棺は蓋が壊れており、そこら中に血痕が残っているのがわかる。
「カシマレイコはここで亡くなりました。人身御供として」
圭佑の言葉に、浸も和葉も驚きを隠せない。
「……上へ戻りましょうか。あまりここに長居したくもないでしょう」
圭佑の言う通り、この洞窟には強い負の霊力の残滓がこびりついている。浸ですら僅かに感じ取れる程の強い残滓だ。和葉はその数倍のものを感じ取っていることだろう。
この場所に来てから……というより、祠に近づいた時からずっとあまり顔色が良くない。
「……ここは、本当に……」
和葉の反応こそが、圭佑の言葉が真実である裏付けに他ならないのかも知れない。少なくとも和葉自身は確信していた。
この場所がカシマレイコの死に場所であると。
「詳しい話はまた上でしましょう」
圭佑に促され、二人はすぐに上へと戻った。