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数日後、葉山さんは朝霧部長と本部を含めた面談が行われ、処分が下された。
葉山さんは早々に異動が命じられることになり、 私以外にも彼女の業務態度には困っている社員が居たらしい。
「規定なので詳細を教えることができなくてすみません」
皇成さんは謝ってくれたけれど、プライベートと私情をきちんと分けてくれるところが流石だと感じる。
付き合っているからって、会社の事情を何でも話す人とか、平気でいるんだろうな。
皇成さんとは付き合って一カ月、大きな問題もなく、順調に交際ができていると幸せを実感している。
今日は、皇成さんが仕事が終わったあと、私のアパートに来て一緒に夕ご飯を食べていた。
結局、同棲の話は決められずにいたけれど
「芽衣さんのペースでいいですよ」
そんな風に皇成さんが言ってくれたから、気持ちが楽だ。
「ご飯おかわりしますか?」
「はい、お願いします」
一人で食べるご飯よりも、二人で食べるご飯が美味しくなり、こんな幸せな時間を過ごしていて良いんだろうかと感じていた時だった。
「芽衣さん、電話が鳴ってますよ」
食器を片付けて、手を洗っていると、皇成さんが私のスマホを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
誰だろう、私に電話をかけてくる人なんて、まさか――。
着信相手を見る、お母さんだ。
きっと嫌な話に違いない、出たくない。
画面を見つめていると
「ご両親ですか?」
皇成さんから声をかけられた。
「はい。母からです。お金関係だと思います。それしか思い浮びません」
私はスマホを置き
「無視することにします」
笑って見せた。
「そうですか。俺が代わりにでましょうか?」
皇成さんが代わりに?
彼氏が朝霧商事の息子さんだってバレたら、きっと皇成さんにまでお金の工面を頼むに違いない。そんなこと、させたくない。
「大丈夫です。緊急だったら、警察とか、病院からかかってくると思います。今月の仕送りは入金したばかりなので。とりあえずほっときます」
そうだ。この間、いつも通り口座に振り込んだ。これ以上送る義理もない。
「わかりました。何かあったらすぐに相談してください」
皇成さんの表情が暗い。
心配かけちゃった。
「皇成さん」
私は皇成さんの正面に立ち、背伸びをしてチュッと自分からキスをした。
「芽衣さん!?」
自分でもこんなこと、できるようになるとは思っていなかったけれど
「心配してくれてありがとうございます。もしも何かあったらすぐ皇成さんに相談します」
恥ずかしくて、その後は、顔を見られないよう彼に抱きつく。
「はい。約束してくださいね」
彼はギュッと私を抱きしめてくれる。
あぁ、落ち着く。ずっとこうしていたい。
そんな気持ちはさすがに言えなかったけれど、彼に抱きついていた。
しばらくすると
「お願いがあるんです」
皇成さんから一つ提案をされたことがあった。
一週間後の日曜日。
スーパーで買い物をして、帰宅しようとしていた。
今日は久しぶりに皇成さんが遊びにくる。
最近彼の仕事が忙しくなり、会えていない。
料理も勉強するようになり、レパートリーも増えた。
皇成さん、喜んでくれるといいな。
昔の自分とは違い、彼のおかげで明るくなった気がする。
アパートの鍵を開けようとした。
あれ、開いてる。どうして?鍵をかけ忘れた?
そっとドアを開けると、玄関前の廊下に父が座っている。
「えっ」
ドクンドクンと心拍数が一気にあがる。
一気に冷や汗が出る。
言葉を失っている私に
「久しぶりだな。芽衣。元気だった?」
父はニコッと笑った。
「どうして?」
なんで部屋の中にいるの。
「父親なんだから、合鍵くらい持っていたって普通だろ。お母さんから借りてきたんだ」
合鍵なんてそんな話聞いていない。
だけど両親であれば、作ることなんか簡単だ。
「中に入りなさい。お母さんが電話をかけても出ないから、心配をしたんだよ」
ゾクっと背筋が凍る。
ああ、いやだ。
二人きりになりたくない。怖い。
皇成さん、助けて。
心の中で彼の名前を叫んだ。
ダメだ。いつも助けてもらってばかり。
落ち着け、大丈夫。
父だって私を殺そうとは考えていないだろう。きっと、お金の相談があるだけだ。
「はい」
返事をし、部屋に入る。
父は立ち上がり、狭い部屋のソファに座った。
「何か飲みますか?」
私はキッチンへ行き、カバンをシンクに置き、何か作る素振りをした。
「いらない。それで、どうして電話にでなかったんだ?」
父の口調は穏やかだが、心の中では苛立っている、一緒にいた時間も長いから、それがわかる。
「すみません。知人の家にいたので」
私の返答を聞き
「お前みたいなやつに友達がいるのか?うそだろ。子どもの時からずっと暗くて、人形のような子だったのに」
父は私を嘲笑っている。
暗いやつに育てたのは、あなたたちも関係している。
人形のように<はい>としか言えなかった。
じゃないと、殴られたから。
拒否なんてできなかった。
「今はいるんです」
ギュッと手を握りしめる。
本当は友人ではない、大切な彼氏がいる。
だけど詮索をされたくないから、本当のことなど伝えられはしない。
「それで、用事ってなんでしょうか?」
父と距離を取りながら、たずねた。
「今月、生活が厳しくて。お金を振り込んでほしいんだよ」
性格が厳しい?
どうせ、賭け事で使ってしまったに違いない。
父はタクシー運転手をしている。
変わっていなければ、母はスーパーでパートとして働いていて、私からの仕送りもあるから、普通に暮らしていけるくらいの収入はあるはずだ。
「今月はもう振り込みしました。私の生活もギリギリなので、無理です」
震えそうになる右手を片手で支える。
父は私がすぐに<はい>と言うのを期待していたのか、眉目にシワが寄っていた。