テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第45話:確定申告完了、そして算出された『税額』〜国家権力のフルコンボと、散りゆく札束〜
「……はい。借方と貸方の金額、見事に一致していますね。経費の仕訳も問題ありません」
帯広税務署、三番窓口。
先ほど俺の『魔導書(自作のゴミ決算書)』を三秒で突き返してきた銀縁メガネの職員が、今度は鈴木さん(鉄面皮の鬼教官)によって完璧に修正された書類を見て、わずかに目を丸くしていた。
「素晴らしい修正速度です。赤ペンだらけですが、数字の整合性は完璧ですね。……では、こちらで受理いたします」
ダンッ。
乾いた音と共に、俺の申告書の控えに『収受』のハンコが押された。
「…………っ!」
俺は、窓口のカウンターに両手をつき、深く、深く息を吐き出した。
終わった。
あの膨大な領収書の山と格闘し、有識者ニキに怒られ、ジェミニに見放され、鈴木さんに物理制裁(バインダー殴打)を受けた、長く苦しい戦いが、ついに終わったのだ。
「あ、ありがとうございます……っ! これで俺も、晴れて真っ当な納税者の仲間入りですね!」
俺は感極まって、窓口の職員に深々と頭を下げた。
肩の荷が下りた。これで家に帰って、あの三十一万八千五百円のゲーミングPCで、リスナーたちに「俺はやったぞ!」と勝利の報告配信ができる。
「ええ、お疲れ様でした。……それではルシフェル様、こちらが今年度の『所得税及び復興特別所得税』の納付書になります。期限である三月十五日までに、金融機関やコンビニ等でお支払いください」
職員は淡々とした声で、一枚の細長い紙切れを俺に差し出した。
「はいはい、分かりました! 税金ですね! 払いますよ、ええ、払いますとも! なんたって俺の口座には今、アリス騎士団たちから巻き上……いただいたスパチャのおかげで、二百七十万以上の現金が唸ってますからね!」
俺は意気揚々とその紙切れを受け取り、印字された金額の欄に目を落とした。
「えーっと、今年の所得税は……」
『納付すべき金額:845,200円』
「…………は?」
俺の笑顔が、ピシッと音を立てて固まった。
「はちじゅう、よんまん……?」
「はい。事業所得から各種控除を引いた課税所得に基づき算出された、今年お支払いいただく所得税です」
「お、おい、ちょっと待て! 嘘だろ!? なんでそんなに高いんだよ!! 俺の三十一万八千五百円のPCは!? 経費で利益が減ったんじゃないのか!?」
俺が血相を変えてカウンターに身を乗り出すと、職員はメガネをクイッと押し上げた。
「先ほどもご説明した通り、パソコンは減価償却資産ですので今年の経費に全額は計上できません。さらに、ルシフェル様は昨年の後半から急激に売上(スパチャや案件報酬等)を伸ばされており、利益率が非常に高くなっています。累進課税制度により、所得税率は跳ね上がっている状態です」
「る、るいしんかぜい……」
「ですが、ご安心ください。ルシフェル様の口座には二百七十万以上あるとおっしゃっていましたね? でしたら、八十四万円の所得税は問題なくお支払いいただけるかと」
「あ、あぁ……。まぁ、確かに……二百七十万あれば、八十四万払っても、まだ手元に百八十万くらいは残る……か。痛いけど……払えない額じゃねえ」
俺は震える手で納付書を握りしめ、ひきつった笑いを浮かべた。
そうだ、落ち着け。まだ俺には大金がある。俺は勝ち組なんだ。
俺が自分にそう言い聞かせ、逃げるように窓口を去ろうとした、その時だった。
「あ、申し訳ありませんルシフェル様。お伝えしなければならない重要なことが、あと『三つ』あります」
背後から掛けられたその声は、まるで死神の宣告のように冷たかった。
俺はギギギ……と、錆びたブリキのおもちゃのように首を振り返らせた。
「み、みっつ……?」
「はい。まず一つ目。確定申告で確定した所得情報は、お住まいの帯広市に送られます。それに基づき、今年の六月に市から『住民税』の納付書が届きます。ルシフェル様の今回の所得ですと、概算ですが……おおよそ【70万円前後】になるかと思われます」
「ななじゅうっ!?」
「これは所得税とは別に、市と道に納める税金です。続いて二つ目。ルシフェル様は現在、国民健康保険にご加入ですね。こちらも所得に応じて保険料が計算されますが、今回の所得額であれば、間違いなく『上限額(MAX)』に到達します。今年の国民健康保険料は、年間で約【100万円】の請求が来ます」
「ひゃ、ひゃくまんえん……っ!?」
俺の口から、ヒキガエルが潰れたような奇声が漏れた。
なんだそれ。俺は去年まで生活保護で、医療費はタダだったんだぞ!? なんで自立した途端に、健康保険だけで百万も取られるんだよ!! 年間で百万って、毎月八万円以上払うってことか!?
「そして最後、三つ目です」
職員は、俺の絶望など意に介さず、無慈悲なトドメの刃を振り下ろした。
「さらに、今回の申告で所得税が一定額を超えたため、後日税務署から『予定納税』のお知らせが届きます。来年分の税金の前払いとして、今年の夏と秋にそれぞれ約【28万円】ずつ、合計【56万円】をお支払いいただく義務が発生しております」
「…………」
俺の脳内で、急速に電卓が弾き出された。
今すぐ払う所得税:約84万円。
六月に来る住民税:約70万円。
毎月払う国保MAX:約100万円。
夏と秋に来る予定納税:約56万円。
合計……およそ【310万円】。
「さんぜん……ひゃく……」
俺は、自分の耳を疑った。
そして、今朝家を出る前に見た、自分のオンラインバンキングの残高を思い出した。
『預金残高:2,750,340円』
「……足りねえ」
俺は、ポツリと呟いた。
「足りねえ……。俺の全財産をかき集めても……払うべき税金と国保の総額に、足りねえじゃねえか……っ!」
『ドサッ』
帯広税務署の冷たいリノリウムの床に。
四十歳の、チャンネル登録者百万人を誇る大人気VTuberが、両膝をついて崩れ落ちた。
「ルシフェル様? 大丈夫ですか?」
窓口の職員が声をかけてくるが、俺の耳にはもう何も届いていなかった。
「あ、はは……。なんだよ、これ。バグじゃねえか。日本の税制、完全にぶっ壊れてるじゃねえか……」
稼いでも、稼いでも。
スパチャをもらっても、案件をこなしても。
俺が稼いだ金は、俺の金ではなかったのだ。それはただ、国と市が後から回収しに来るまでの『一時的な預かり金』に過ぎなかった。
経費だなんだと浮かれて、三十一万八千五百円のゲーミングPCを買い、五千円の育毛剤を買い、挙句の果てに「消費税の壁(一千万円)が怖い!」とリスナーに泣きついてスパチャを大量に投げられた結果。
俺は、自分の首を自分で絞め、見事に『払いきれないほどの税金地獄』へと足を踏み入れてしまったのである。
「鈴木さん……あなたが言ってた『納税という本当の処刑』って……こういうことだったんですね……っ」
俺は、税務署の床に突っ伏し、誰はばかることなく号泣した。
周囲の人間が「あのおっさん、ついに破産したか」と哀れみの目を向けているが、どうでもよかった。
俺の魂は、すでに肉体を離れ、国税庁という名のブラックホールの彼方へと吸い込まれていた。
小一時間後。
俺は抜け殻のような足取りで税務署を出て、帯広の街を歩いていた。
「……配信、しなきゃ」
そうだ。俺には、俺のこの無様な姿を心待ちにしている、数万人のリスナー(共犯者)たちがいる。
あいつらに、この絶望をぶつけてやる。
お前らが俺に金を投げすぎたせいで、俺は今、全財産を失うどころかマイナス(借金)を抱えることになったんだと!
俺は死んだ魚のような目で、四畳半のボロアパートへと向かって歩き出した。
今夜の配信は、VTuber史上最も暗く、最もリアルで、最も情けない『魂の抜けたお通夜』になるだろう。
四十歳の新米個人事業主は、真の自立(納税)の恐ろしさを、骨の髄まで叩き込まれたのだった。
コメント
1件
うわあ……第45話、読み終わりました……。 確定申告が終わってホッとしたのも束の間、まさかあそこから税金の総攻撃が来るなんて……「あと三つあります」のところで、私も一緒に息が止まりかけたよ😭 累進課税、住民税、国保MAX、予定納税……もう全部“あるある”すぎて、現実の税制の怖さがリアルに伝わってきた。 主人公が「足りねえ」って床に崩れ落ちるシーン、笑えるけど泣けるし、最後に「配信しなきゃ」って思うところがもう職業病みたいで切ない……。 こういう“闇”をちゃんと描けるゆうきさん、本当にすごいと思います。次も静かに読みに来ますね🌙