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その名に、私も夏希先輩も戦慄した。
かつての恐怖が脳裏によみがえり、真奈ちゃんをじっと見つめてしまう。
真奈ちゃん自身は、あいも変わらず虚ろな瞳を地面に落としており、口を小さく開いたまま、まるで何の反応もない。
それなのに、真奈ちゃんの影だけが、今も不気味に蠢いているように、私には見えた。
――夢魔。
それはかつて、多くの魔法使いを死に至らしめた、未知の存在。
夢を介して多くの魔法使いたちから魔力を貪り、強大化し――真奈ちゃんのお母さん、真帆さんの中に巣くっていた、恐ろしい化け物。
私たちがまだ高校生だった頃、私たちは夢の中で、何度もこの夢魔に襲われた。
色々あって、私たちは真帆さんの中に、その夢魔を封じたはず、だった。
それなのに、なんで、どうして。
「まさか、真奈ちゃんの中に、夢魔が?」
夏希先輩が口にして、アリスさんは小さく頷いた。
「――生まれた時から、そんな気はしていたのだけれど」
「それ、どういうことですか?」
訊ねると、アリスさんは眉間に皺を寄せながら、
「真奈ちゃんからは、真帆ちゃんと同じ色の魔力を感じていたから。もちろん、母子だから当然のように受け継がれたものもある。だから、これまでそんなに気にはしていなかったのだけれど」
アリスさんは真奈ちゃんの身体を抱き寄せて、
「……けれどその中に、夢魔も含まれていたのでしょうね」
「そ、それって、真帆先輩から真奈ちゃんの中に、夢魔が移動してきたってこと? 私たちで真帆の中に封印したじゃない!」
夏希先輩が、焦るようにそう言った。
「まさか、封印が破られたってこと?」
「そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない」
アリスさんの曖昧な返答に、私も、
「それは、どういうことですか?」
するとアリスさんは、真奈ちゃんから私たちに視線を向けて、
「夢魔は魔力そのものから生じた可能性があるって、昔、お話ししたことがあるでしょう? もしそうなのだとしたら――」
「真奈ちゃんの中に、魔力の一部として、引き継がれてしまったのかもしれない……?」
こくりと頷くアリスさん。
私と夏希先輩は思わず顔を見合わせ、視線を交わす。
それからもう一度、真奈ちゃんに視線を戻して、ごくりと唾を飲み込んだ。
あの恐ろしい化け物が、真奈ちゃんの中に。
私たちは、また、あの化け物と対峙しなければならないということなのか。
その時、周囲の森から、たくさんの犬のような唸り声が聞こえてきた。
辺りを見回せば、草葉の中からバンダースナッチたちが、こちらの様子を窺っている。
私たちは思わず身構えた。
けれど、バンダースナッチたちが襲ってくるような様子はまるでなかった。
彼らの視線もまた真奈ちゃんの方へ向けられており、獲物として狙っているというよりも、恐ろしい脅威に対して警戒しているかのようだったのだ。
「とにかく、早くここから出ましょう」
アリスさんは、思っていたよりもずっと冷静にそう口にした。
「早く戻ってみんなを安心させてから、これからのことを相談しましょう」
私と夏希先輩は再び顔を見合わせてから、
「――はい」
「……そうですね」
どちらからともなく、返事した。