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「ねえ、ねえ、ねえ。どういうつもり」
苛立ったように問いかけるロシア_あらためソ連_の化身であるイヴァン・ブラギンスキにアメリカの化身、アルフレッド・F・ジョーンズが空気を読まず更に苛立たせるのもここ数ヶ月はいつものことだ。
「どういうつもりって、何がだい」
「何がって、ナチのことに決まっているでしょう」
独ソ戦は、さながら地獄の様相を呈している。
ポーランドを始め、オランダ、デンマーク、ベルギー、果てはフランスまでも電撃戦で占領したナチス・ドイツがその圧倒的軍事力を持ってソ連に侵攻し、独ソ戦が開始したのが去年。
スターリンによる大粛清で一次大戦を戦い抜いた有力将校たちが次々に処刑されると、指導者を失った赤軍は混乱を極めた。赤軍はなおも奮戦するが、ドイツ国防軍はセヴァストポリ要塞を短期決戦で陥落させ、続けてモスクワに向けて猛攻を開始したが、赤軍はナチスの目論見に反して指導者を失った傷を癒やすばかりか、驚異的な粘り強さで首都を防衛してみせた。この頃になると、首都防衛に燃え上がるソ連当局から「一歩も下がるな」という命令が赤軍全体に出され、それはすなわち退却する兵士に対しては容赦なくNKVD(ソ連秘密警察)による射殺が行われるということであり、文字通りソ連軍は一切の退路を絶った捨て身の作戦に出ることを意味していた。
他方、ドイツ国防軍による攻撃はソ連赤軍だけでなくソ連人民にまで及ぶようになっており、パルチザン(現地民による対独ゲリラ部隊)の脅威を払うという名目のもと数多くの村で無辜の住民に対する虐殺が行われた他、ベラルーシやウクライナといったドイツ占領下の諸地域において悪名高いアインザッツグルッペンによる村民の虐殺と殲滅が行われた。対するソ連は占領した村々でのドイツ軍の一切の補給を断つことも目的として、村や町を徹底的に破壊する焦土作戦で応戦。狂気とも言える両軍の戦線は膠着していた。
とはいえ、より甚大な被害を受けているのは無論侵攻されたソ連の方であり、ヨーロッパ戦線の中で徹底抗戦を選んだ自国だけが損を被っていると考えるイヴァンの機嫌はここ数ヶ月最低のものである。
「物資の補給は空輸でしてるだろ。早くスターリングラードを解放してくれよ」
制空権をドイツから取り戻さなきゃ補給機が全部撃ち落とされるだろう。君たちは撃ち落とされた飛行機の部品を食べるのかい?
アルフレッドの皮肉交じりな応答に、普段なら表面上は笑って済ますはずのイヴァンは機嫌の悪さから舌打ちをひとつくれてやった。
「そのへんにしとけよ、俺達は味方同士だろ」
思わずと言ったように口を出すフランスの化身、フランシス・ボヌフォワだったが、なおも苛立つイヴァンには火に油だったようで
「フランシスくんはいいよね。この戦争は君のせいで始まったようなもんなのに、知らんぷりしてプライドもなくさっさと降伏できちゃうんだからさ」と嘲笑った。
「なんだと?お前にパリを蹂躙される恐怖がわかるものか」
「モスクワのすぐ手前まで迫ってくる恐怖もわからないだろうね」
徐々にヒートアップする言い合いに、さすがに口を出そうとしたアーサーだったが、それよりも早く、今までつまらなさそうに言い争いを見ていた耀が口を開いた。
「お前ら、いい加減にするよろし」
鶴の一声とでも言うべきか、彼の言葉で場はしん、と静かになった。
先程のフランシスの発言と大差ないはずだが、なぜか彼の言葉にはその場を支配する力があった。
「我の人民はお前たちが言い争っているこの間にも死んでいるある。無駄な争いをしてる場合じゃねえ」
この中で唯一ヨーロッパ戦線に一切不参加な中国であったが、彼の土地もまた、蹂躙されている。
それも、自身の弟として可愛がっていた国によって。
日本、本田菊とは深い縁故を持ち、同じく過去に弟としていた国に銃剣を突きつけられたアーサーにとっても、彼の沈痛な心情は押して然るべきものであった。
しかし、日清戦争時には菊に対して明確な怒りを持っていたようだったが、最近の彼は表立って怒りをあらわにすることはなくなった。義和団事件、そして21か条要求を経た彼は何かを諦め、受け入れたように見える。義和団事件の頃はブール戦争で本国が忙しく、インド兵を中心に動員していたため、その頃の彼についてアーサーが知るところは少ない。が、そんなアーサーでもわかるほどに彼と菊の仲はこじれてしまっているようだった。
「太平洋戦線は耀くんとアルフレッドくんが中心でしょう。どうなの」
独ソ戦が終われば、地理的にもおそらく対日戦に参戦するであろうソ連は、無関心ではいられないようだった。
「どうもこうもないさ。奴らはイかれてる。ミッドウェーでの敗北を受け入れられずにひたすら偽のプロパガンダで戦意を高揚しているのさ」
_日本人は天皇のためになら悪魔に魂を売れる民族なんだ。
アルフレッドの言葉に、アーサーの中で、かつて、同盟を結んだ奥ゆかしい日本の姿が消えていく。
「あの子は昔から、一度決めたら譲らねえ頑固なところがあるあるから…」
ぼそりと呟いた耀の言葉を正しく聞き取れたのは、おそらく隣にいたアーサーだけだろう。
しまった、というように口を塞ぐ彼の姿に、それが思わず漏れてしまった本音であると察したアーサーは、聞こえなかったふりをした。
弟を失う辛さは、アーサー自身もわかっているところだったから。
こちらをちらりと見た耀をあえて無視して口を開く。
「話を元に戻そうぜ。フランス解放の話だったろ」
あからさまに耀がほっとしたのが見て取れたが、アーサーの胸中には、憐れみとも同情ともつかぬ、なんとも言い難い思いが湧き上がっていた。
思えば、彼を助けたのは初めてかもしれない