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‘…才花……?’

「しーちゃん…大丈夫……?」


しーちゃんの発した‘才花’にしーちゃんの迷いが窺えて、胸が締め付けられた。

スマホを持たない手でシーツをぎゅうっと握りしめると、羅依の手がポン……と私の頭に置かれる。


「しーちゃん、ごめんね…私に掛ける言葉とか、どう接したらいいかとか迷っているんだよね…?」

‘才花…才花のそういうはっきりしたところが好きで、憎たらしいほど…自分の弱さを向けられる気がする…で、大好きよ’

「ありがとう、それだけで大丈夫だから。しばらくしーちゃんと会わない」

‘どうして?’

「どうして…って……」


どちらもが苦しいからだよ、しーちゃん。


それを口にするのは躊躇った。

私と同じようにしーちゃんが悲しみ、落胆し、悔しい思いをしているのがわかっていたから。

もしかしたら、まだ私が抱えることの出来ない思いまで、しーちゃんは抱えているかもしれないと漠然と感じてもいた。


「才花、大丈夫だ。代わる」


頭に置いていた手をポンポンとさせてから、羅依が私のスマホを手にして


「一緒に聞くか?」


とベッドに腰掛けた。


「…うん」


困ったな…今の状況ではもう自分のことは‘どうでもいい’と思えるのに、しーちゃんのことはどうでも良くない。

それが空っぽの胃に突き刺さる気がした。


「突然、お電話で失礼します。私、才花さんの知人の藤堂と申します」

‘…才花の病室ですよね?’

「はい、木村さん親子もおられます。木村さんからお話を聞きました。才花は自分での説明を放棄する状態ですから。私がスポーツ診療科を紹介することにしました。ここでの治療は必要ないと確認済みですので退院します」

‘退院?才花の膝は使えないままでしょ?’

「はい。ですから、膝の靭帯に関して特化した医者を紹介します。もうコンタクトは取りました。才花は膝崩れを起こしているので、そのまま放置すると関節内の半月板や軟骨を損傷してしまうリスクがある。日常生活動作で弛さを感じる状況は競技復帰に関係なく手術対象だということです」

‘ありがとうございます。退院の手続き等に…’

「こちらでもう終わるところです。膝は医者と時間に頼る他ありませんが…先ほどの才花の‘しばらく会わない’は、才花が自分自身を最後のところで何とか守ることの出来るギリギリで絞り出した言葉だと理解していただきたい。そこを理解して頂けないと心が永遠に整わない。大袈裟でなく、人が経験しないほどの絶望が彼女の内側からも外側からも覆っているのに涙を流すどころか浮かべることも出来ない」

‘…才花の気持ちも………お互いによく分かるので理解は出来ますけれど、現実的に放っておけないでしょ?’

「放っておきませんよ。私が責任持って才花を預かります」

‘どういうお知り合いですか?’

「それは木村さん親子にゆっくりと聞いて下さい。退院とスポーツ診療科の紹介と聞いた木村さんが‘病院を紹介してもらうにしても、才花一人で生活できない’と言い、娘さんが‘アパートの2階、しかも畳の部屋でなんて無理よね’と言うんですから、放っておけないという意識とは違っておられます」


そこでしーちゃんは、黙ってしまった。

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