梅田の夜を切り裂くように走るシルバーのベンツが、晩餐会の会場である大阪の超高級ホテルの車寄せに滑り込んだ
ホテルのエントランスは、ガラスと大理石で彩られた壮麗な空間で、シャンデリアの光がまるで星の海のようにきらめいていた
ホテルのスタッフが一礼する中、鈴子はまるで映画のワンシーンの様に豪華な会場へと進んだ、増田がその後ろを静かに従い、彼の存在が鈴子の背中に微かな重圧を加えていた
財務大臣主催の晩餐会は大阪の政財界の頂点が集う場だった、会場であるホテルのグランドボールは、金とクリスタルの装飾に彩られ、巨大な窓の向こうには大阪の夜景が広がっていた
テーブルには白いリネンのクロスが敷かれ、銀食器がキャンドルの光を反射している。空気にはシャンパンの泡と高級な香水の匂いが混ざり合い、華やかな笑い声とグラスの触れ合う音が響き合っていた
彼女は微笑みを浮かべ、会う人、会う人に軽やかに挨拶を交わしながらバックから名刺を渡し、そしてお返しに貰っていた
「みんな君に名刺を渡すな」
増田が低い声で笑った、鈴子は彼を一瞥し冷静に答えた
「専務、褒め言葉は後にしてください、今夜は仕事です」
指定された席に鈴子と増田幹部連が付き、鈴子はシルバーフォックスを脱いで、ウエイターに渡した
会場では、財務大臣が壇上で挨拶を始めていた、白髪のベテラン政治家は、堂々とした声で経済政策と大阪の未来を語り、出席者達が拍手で応える、鈴子の目は、テーブルを一つ一つ確認しながら、定正の姿を探していた
すると会場の入り口で黒いタキシードに身を包んだ定正が現れた、会場にいる人達は次々と定正を見つけてお辞儀をしている、定正も一人一人見つめて丁寧にあいさつをしている、堂々とした姿勢で入場する彼は、まるでこの場の王のようだった
そしてそんな定正の腕を持ってその隣いる女性は・・・
淡いグリーンのドレスをまとって、背中までカールして揺らした長い髪・・・
鈴子の心臓が一瞬止まった
百合は想像以上に優雅だった、40代手前とは思えない若々しい肌・・・穏やかだが威厳のある微笑み、彼女のドレスは控えめながらも高級感に満ち、首元のパールのネックレスが上品に輝いていた
定正の正妻として、百合ほど完璧にその役割を果たしている女性はいないと思った
4年間・・・鈴子は定正の側で彼を支えてきた、そのつもりだった、だが百合の存在は鈴子が決して踏み込めない領域を卓越していた
定正の視線が鈴子を捉えた、彼は一瞬、彼女に微笑みかけ、百合をエスコートしながら幹部達の席に連れて来た
鈴子は深呼吸して秘書としての仮面を被って立ち上がった、増田もそこにいる定正の幹部全員が立ち上がった
「ああ・・・みんな揃っているね、私の妻の百合を紹介するよ」
「はじめまして・・・いつも皆さんのお話は主人から聞いていますわ、主人を支えて下さってありがとうございます」
その声は柔らかく、しかしどこか測りかねる深さがあった、鈴子の胸に冷たい風が吹き抜けた
「こちらこそ、お会いできて光栄です」
鈴子は丁寧に答えたが、内心で自分の声を抑えた
―久しぶりね・・・私のパパと兄を殺したの覚えている?―
途端に憎しみが沸き上がって来る、いますぐ百合を殺してやりたい・・・
その時定正がじっと鈴子の顔を見つめていた
ボソッ・・・
「大丈夫か?」
ハッとすると横で増田が定正に言った、増田は定正と幹部連の間に立ち、軽やかに言った
「会長、奥様、財務大臣が挨拶したいと探していましたよ、後、映画のスポンサー達が会長にお話があるそうで・・・」
「ああ、そうかい?それでは挨拶してこよう」
鈴子達はテーブルを離る定正と百合に一礼した、遠ざかっていく二人の背中を見つめて彼女の心は波立っていた、増田がそっと彼女の後ろに立って囁いた
「大丈夫か?」
鈴子は振り返って増田に小さく言った
「何がですか?私は平気です」