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うわ…最後の「俺ですか?」「俺が?」の畳みかけ、ゾッとした😨 支えたこと自体は何も間違ってないのに、意図を疑われる恐怖がじわじわ来る。職員さんの「翼の!」って叫びがちょっと人間っぽくて可愛かったけど、それが記録に残るシーンで一気に空気変わった。続きどうなるんだろう…
第1話 翼の!
後方支援担当の職員は、その日も特に変わったことなく勤務を始めた。
朝の申し送りを聞き、訓練区画へ運ぶ香具の数を確かめる。通行予定と休憩交代を記録板へ写し、西回廊に置かれていた空の水桶を保管場所へ戻す。
どれも、彼でなければできない仕事ではない。
処理が特別に早いわけでも、誰も気づかない異変を見抜くわけでもない。頼まれたことを忘れず、分からなければ確認し、終われば記録する。褒められるほど目立たず、注意されるほど遅くもない。
天灯共同医療福祉院には、専門的な職能を持つ者が大勢いる。
香律の乱れを診る医師。由来生態を人型生活へ翻訳する専門家。言葉になる前の拒否や苦痛を拾う調律官。
彼は、そのどれでもなかった。
必要な香具を運び、人通りを調整し、誰かが休憩へ入れば交代する。
普通の職員だった。
「西回廊の香幕、交換しておきました」
「助かる。午後は鳥由来魂用の高低差適応台を使うから、予備の冷却香も頼めるか」
「分かりました」
返事をして、次の記録へ移る。
今日も事故欄を空白のまま引き継げれば、それでよかった。
昼前までは、実際にその予定だった。
西回廊を通りかかった時、前方の扉が開いた。
中から、銀翼を持つ人型霊獣が一人、出てくる。
背が高く、細身ながら、肩から背には引き締まった筋肉の線が通っている。鋭く整った顔立ちの背後には、青みを帯びた銀の翼が大きく畳まれていた。
人型化が進んでも、翼はまだ残っているらしい。
顔には見覚えがあった。だが、名前までは出てこない。後方支援の彼とは担当が違い、これまで数度すれ違っただけだった。
目を引く姿だとは思う。
しかし、人型化準備区域では、目を引かれることと見続けてよいことは別だった。
職員は視線を通路へ戻し、脇へ寄った。
人型霊獣もこちらへ気を留める様子はなく、回廊へ踏み出す。
二歩目だった。
右足の着地点が、身体の中心からわずかに外れた。背の翼が反射的に開き、傾いた重心を戻そうとする。だが、人型の脚と翼の動きが噛み合わず、かえって上体が大きく揺れた。
壁際の香具台へ肩が向かう。
職員は考えるより先に動いていた。
片手で上腕を掴み、もう片方の腕を腰へ回す。霊獣の体重が一瞬、腕へかかった。開きかけた翼が空気を打ち、細かな羽音が回廊へ響く。
「……離せ」
低い声だった。
職員は腕の力を緩めたが、すぐには手を外さなかった。
「立てますか」
「立てる」
霊獣が両脚へ重心を戻す。揺れが止まったことを確かめ、職員は告げた。
「では、離します」
上腕から手を外し、次に腰を支えていた腕を引く。
銀翼の霊獣は一歩離れると、乱れた上衣を直した。青銀の翼もすぐに畳まれたが、その顔には硬い警戒が残っている。
「転倒しそうだったので支えました。上腕か腰に痛みはありますか」
「ない」
「翼は、どこかへ当たっていませんか」
「当たっていない」
「担当職員を呼びますか」
「必要ない」
霊獣はそれだけ答えると、職員を見た。
目だけは、まだ鋭い。
何かを確かめようとしているようにも、これ以上近づくなと告げているようにも見えた。
職員は追わなかった。
「分かりました。何か痛みが出たら、近くの職員へ伝えてください」
人型霊獣は返事をせず、そのまま回廊を歩いていった。
今度の足取りは安定していた。
青銀の翼が角の向こうへ消えるまで見送ることもせず、職員は近くの記録台へ向かった。
《西回廊にて転倒未遂》
《転倒防止のため、対象者の上腕および腰部を支持》
《本人より接触解除の要求あり。自立確認後、直ちに解除》
《接触部位の疼痛なし。翼部の衝突なし》
通行記録から対象者名を確認し、事故記録へ転記する。
内容を見直して提出すると、職員は冷却香の運搬へ戻った。
午後には香具の補充を終え、休憩交代へ入った。遅くなった昼食を取り、戻ってから午前中の記録漏れがないか確認する。
銀翼の霊獣のことを、改めて考えることはなかった。
転倒しそうな利用者を支えた。拒否されたため、自力で立てることを確かめて離した。記録も残した。
それで終わったものだと思っていた。
*
午後の勤務が半分ほど過ぎた頃、記録調整担当の男が訪ねてきた。
「少し、事実確認へご協力いただけますか」
「はい」
「後方支援はこちらで交代を手配します。記録室までお願いします」
穏やかな口調だった。
だが、わざわざ交代まで手配される確認に心当たりはない。
職員は記録室へ入り、勧められた椅子へ座った。
机の向こうにいる調整担当は、午前中に提出した転倒未遂記録を開いていた。
「最初にお伝えします。現時点で処分や懲戒を決定するものではありません。双方の記録を分け、事実関係を確認するための聞き取りです」
「……少し待ってください」
「はい」
「今、処分と懲戒って言いました?」
「その可能性を前提にした聞き取りではありません。申告があったため、まず双方から個別に――」
「その《現時点で》というのは、今後はあり得るという意味ですか」
「確認された事実によっては、必要な対応を検討します。ただし、まだ何も判断していません」
職員の背に、遅れて汗がにじんだ。
朝からの行動を必死に巻き戻す。香幕。水桶。冷却香。休憩交代。それから、西回廊。
「俺、何をしたんですか」
「それを順に確認します」
逃げる理由はない。ないはずなのに、膝の上で重ねた手が落ち着かなかった。
「……分かりました。お願いします」
「本日、ある利用者から、あなたとの身体接触について申告がありました」
「……どなたですか」
対象者名を告げられたが、すぐには顔が浮かばなかった。
調整担当が補足する。
「青銀の翼がある方です」
「ああ! 翼の!」
言った直後、調整担当の目が一度だけ記録へ落ちた。
職員は、今の反応が職員として良かったのかを考えた。たぶん、あまり良くない。
しかし、反省する方向を決める前に、調整担当が続けた。
「対象者は、接触に性的な意図があったのではないかと感じ、怖かったと申告しています」
「……俺ですか?」
「あなたです」
「俺が?」
「はい」