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紫檀は家に帰るとすぐに寝巻きに着替え、フライパンの上で雑に破ったキャベツと、チルドにちょうど入っていた豚肉とをざっと炒めて焼肉のタレをまわしかけて皿にうつすこともせず口の中に放り込んだ。そして、朝にシャワーは浴びることにして、歯を磨いてそのまま眠ろうとした。両親は仕事のようで今夜は家には誰もいなかった。それなら別に門限なんて守る必要はなかったのではないか。いまからどうだと電話しようか悩む。

鮎川は私のことをきっとそれ以上とは見ていない。それくらいはわかりきっていた。これ以上近付こうとすれば拒絶されるだろう。二人でコーヒースタンドに寄り道する以上ではない。その後にどこかへゆくことは許されないのだ。

私も、多少混乱しているだけで、鮎川のことをそれ以上とは見ていないのだ。


「もしもし、破塚、別れないか?」

聞き慣れた声が聞こえてくる。

「いいのか紫檀。弱みは握ってるよ。いいの?やろうと思えば何でもできるんだよ」

嘲るような声は、電話越しでも嘲るような音を持っている。私は破塚が耳許で囁いているような気分になった。

「まあいいや。明日が最後の日でいいよ。ひとまずほしいものは貰うことにするよ」

私は、破塚に頼み事をした放課後を思い出した。こいつは、ほしいもののためには容赦がない。

さあ、どうなるか。私はひとまず今日は眠ることにした。

破塚にいろんなことで協力してもらっている時点で私は、義理に従うのは当然のことなのだ。


約束の日がやってきた。私は言われるがままにそこにいた。

「なあ破塚、お前が欲しいものとはなんだ」

破塚蓮は、目を閉じて少しだけ考えるそぶりをした。だが、こいつの中では当然答えは出ているはずだ。

「何も求めていないよ、紫檀」

私は耳を疑った。

「心中してくれくらいは言われる気でいたんだが」

破塚はくすっと笑った。

「あのさ紫檀、俺のことなんだと思ってんの」

最後だから言ってやった。

「強欲な一角獣」

破塚はおかしそうに笑っていた。しかし、その目元はひきつっていた。

「別に、そんな重いお願いはしないよ。ただ、ありがとうとごめんは伝えたくて」

私は、破塚の目を覗き込んだ。嘘をついているか本当のことを言っているか見分けがつかなくなるような、それ以上の深い悲しみの霧が彼の目を覆っていた。

「そうか」

二人の間に沈黙が走る。

「改めて、すまなかったよ、紫檀」

DV男はいつも、最後だけは優しいと決まっているとどこかの心理学者が言っていた。でも、彼には他の人と違うところがある。許してくれとも共にいてくれとも言わなかったのだ。

「ああ、構わん。私も少しは面倒をかけたろうしな。

——随分と、甘えてしまった」

破塚はくすっと笑って

「謝るには及ばない、あれは割と、可愛かった」

と告げた。心臓が一度だけ飛び上がり、またいつも通りのビートを刻み始める。

「やっぱ俺には勿体なかったんだよ、お前は。」

二人は純粋な抱擁を交わした。そこには特別な意味はあれどもそれ以上の感情はなかった。私は破塚に体を預けるようにはしなかった。破塚は私の胴にあまり腕が当たらないように手を回した。

「こんなふうに理性的にやっていければうまくいくと思わないか。なあ。きっとこれからやっていくことが許されるならうまくいくと思うんだよ」

破塚が意味深に笑う。

「ああ、今日からのお前とやっていければどれだけ幸せか。——でも、これで終わりだ。始まりじゃなく、終わりだ」

破塚は私の前で初めて涙を流した。

「わかってるよ」

私は静かに言い放った。

「大好きだよ、破塚」

破塚はせつなげに笑った。破塚からお決まりの言葉は返らなかった。

なんで、こんなときに初めて好きになれるんだろうか。

言葉が、夕闇に溶けてゆく。痛みと嗜虐性に汚された少しだけの思い出が、少しずつ美しくなっていく。言葉が迫ってきた。まだ共にいようと言いたくなる。手を取りたくなる。それに反して二人の手は宙を舞うどころか動くこともしなかった。

二人は、まるで他人同士のように一度も振り返ることなく反対側へと歩いていった。

群青色バージンロード

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