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「それにしてもこの船、かなり速度を上げていますね」
もちろん俺が高速移動魔法を使うよりは遅い。
しかし馬に乗って全力で走るより、ずっと速い速度で動いている。
船としてはとんでもない速度だ。
「インガンダ・ルマは、普段は400m以上の深いところにいる。夜になるとずっと上まで餌をとりにやってくるが。そのくらい深い場所まで行かなければ釣れんから、出せるぎりぎりの速度で行くことになる。今日は波がそこそこ穏やかだから、船も速度を出しやすい。これでもあと1時間半、岸から直接なら2時間かかる」
なるほど。
この船が鉄製なのも、他の漁船と比べて明らかに大きいのも、魔力機関による動力が水を噴射する形式なのも、この速度が出せるようにするためでもあるのだろう。
「この状態だから、外で作業は出来ん。だから着くまでは、こうやって釣ったカラマロの味見をするくらいだ」
「船は操作しなくても、自動で動くんですね」
「到着予定場所を指定してやれば、そこまでは勝手に動く魔法が組んである。もちろん儂ではなく師匠だがな、組んだのは。
ところでエイダンは、熱の魔法は使えるか。攻撃魔法ではなく、水が沸騰する温度や、それより少し上とか自分で調節できるような」
「使えますけれど……」
樹脂系統の素材を硬化させたり伸縮させたりするのに必須の魔法だ。
この世界では主に料理に使っているけれど。
マシューさんは一体どういう意図で聞いたのだろう。
「なら良かった。切って混ぜるだけなら揺れる船の中でも出来るが、加熱が必要な料理は魔法が使えなけりゃ試せねえ。ということで、ちょっと待ってくれ」
おっと、他にもカラマロの食べ方があるのか。
それは是非確かめたい。
マシューさんはカラマロの足部分にナイフを滑らせて吸盤部分を落とし、更に切り落として長さをある程度揃えて、さっと海水で洗った後、皿の上にのせて俺の方へ出す。
「まずはこれを、70℃で30秒、加熱してみてくれ」
それくらいは簡単だ。
「これで70℃30秒です」
「ありがとうよ」
マシューさんは加熱済みのカラマロの足を2皿に分けて、皿の端にどこからか取り出した瓶に入った黄色っぽいクリーム状の何かを盛る。
なにかこの黄色いの、どこかで見たような気がする。
どこだったろうか……
そう思う俺に、マシューさんは更に皿につまようじを添え、そして片方を俺に渡した。
「黄色いのは卵酢ソースだ。少しだけ赤辛粉を混ぜているがな。これで食べてみてくれ」
そうか、昼食で食べた卵酢ソースだ。
そう思い出しつつ、つまようじで茹でたカラマロの足に卵酢ソースをつけて口へ。
おっと、生とは味も触感も噛み応えも変わっている。
味としては生の方が深みがある気がするけれど、こちらの方が食べやすい。
口に運ぶのが止まらなくなりそうな感じがする。
「これは危険ですね。食べる手がとまらなくなりそうで」
「ああ。しかしもっと危険なレシピがある。魔法が必要だから、師匠が亡くなってからは船上で作れていないがな」
何だそれは、もう楽しみで仕方ない。
マシューさんはまたカラマロを取り出して、包丁でさばきはじめる……
◇◇◇
カラマロの胴体をリング状に切ったものや、足の吸盤を取って1本ずつの状態にしたものに、小麦粉と片栗粉、塩やハーブを混ぜた粉をまぶし、油を周囲にさっと塗って高熱で色が変わるまで加熱したもの。
カラマロの胴体を大きいまま使用し、特製の茶色いタレを塗りながら表面を加熱したもの。
カラマロの胴体と足とを平らに開いて、乾燥魔法で内部と表面の水分を飛ばした後、軽く熱を加えたもの。
調味料として卵酢ソースの他、茶色い塩辛いもの、茶色い甘辛のもの、レモン汁なんてのが出ている。
どれも食べたことがない味だし、どう組み合わせても無茶苦茶美味しい。
ミーニャさんではないけれど、食べる手が止まらない状態だ。
今日はインガンダ・ルマ釣りに来たはずだったのだけれど。
「カラマロ、こんなに美味しいんですね。初めて食べたけれど、確かにこれが売れるのはわかります」
「だが船上でここまで作れたのは、もう三十年ぶりくらいだ。やっぱり魔法が使えるってのはいいよな。あと酒が旨え」
マシューさんは酒、それも多分強烈に強い奴を飲みながら、カラマロをつまんでいる。
人間だったらとっくに倒れているだろう量を飲んでいるけれど、ドワーフだから問題はないだろう。
なんというか、もう今回はカラマロを釣って食べただけで十分な気がしてきた。
お土産も大量にあるし、卵酢ソースだけ買って帰ればドーソンの家でも作ることが出来る。
もうそれだけで楽しみで仕方ない。
まあミーニャさんが乱入してきて、9割くらい食べられそうな気はするけれど。
なんて感じでおなかがいっぱいになったところで、船の揺れが変わる。
上下動がゆっくりになってきた。
魔法を使って周囲を確認、船の速度が落ちてきている。
つまりこれは……
マシューさんが立ち上がり、空になった皿をささっとまとめて、バケツのなかへと入れた。
「さて今日の本命、インガンダ・ルマの釣り場へ到着だ。それじゃ、はじめるぞ」