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「──それで俺は大賢者様が困ったら、ことあるごとに町を案内したものさ。どこで何をしているかなんてのはよく知らないんだがね」


「人助けは立派なことだな。君は良い人間らしい」


 褒められたと思ってか、彼は少しだけ鼻を高くする。


「へっ、当然だろ。困ってる人間がいりゃ手を貸したくなる」


「……私は君がそんな大した人間には見えないがね」


「ん? 今何か言ったか、よく聞こえなかった」


「大した奴だと言ったんだ。これからもそうあってくれよ」


「言われなくても……っと、ここからは歩きだ」


 日も落ち、月明かりの下を駆け抜けて森までやってきた。足を踏み入れれば木々が空を覆って月明かりを遮ってしまうだろう。荷台にあった松明に火を灯してセリオンが「前にもここに来たんだ、案内してやるよ」と先陣を切った。


 ゴブリンたちは夜になると行動的になる。その明確な理由は分かっていないが、人間とは違って日常のサイクルは真逆だった。そのため過去には村が襲撃されるなどの被害にも遭い、近頃は対策をしていても農作物がダメにされることも多い。


「ここはゴブリンの巣窟で何年も前から変わってねえんだ。いくらゴブリンとはいえ束になって襲われたら腕の立つ冒険者でも危険を伴うし、入り組んでいて狭い場所もあるから調査も中々進まねえ。最深部にはクイーンがいるんじゃねえかって話だけど、そいつを実際に見つけて駆除しない限りは永遠に湧いて出てくるんだってよ」


 森を抜け、ほどなく辿り着いた真っ暗な洞窟を松明の灯りだけで進んでいく。セリオンの話は基本的なことで誰でも知っているので、最後尾を歩くイーリスは心底不愉快そうな表情を隠そうともせず、耳を塞ぎたい気持ちに耐えていた。


「博識だな、セリオン。君は魔物の生態にも詳しいのか?」


「ちょっとだけ。ずいぶん前に本で読んだことがある程度だよ」


 ヒルデガルドは彼がちょっぴり自慢げなのをフッと笑って。


「魔物に関する書籍が世に出たのは数年前が初めてだった。大賢者の著書ともあって皇室からの援助を受けたおかげで各地で多くの人々が目にする機会があったが、とりわけ欲しがった者の多くは冒険者だったと記憶している。つまり、君もそのひとりというわけだな」


 イーリスが「ボクも買ったよ」と横に並んで誇らしげに言った。魔物の知識は冒険者に最も必要なもので、誰もが入門書として持ち歩いたり、読み込むのが基本だ。彼らだけでなく、多くの人々が冒険者ギルドに登録する前にしっかり読んで予習を済ませている。


「ボクにとって、いや、冒険者にとって大賢者様の書いてくれた『自然の中の魔物たち』は必需品さ。彼女がまとめてくれていなければ、誰も魔物を退治しようなんて思わないだろうからね。君だってそうだろ?」


 返されたヒルデガルドはこくんと小さく頷く。


「では君たちは、その中にあるゴブリンについての記述を覚えているか。たとえばそう、彼らは夜行性で、暗く湿った場所を好む傾向にある。繁殖力が高く、その基盤となるのはゴブリンクイーンと呼ばれる母体であり──」


「知ってるっつうの。俺たちを馬鹿にしすぎじゃないのか?」


 セリオンが遮る。彼女はあえて「すまない」と喋るのをやめたが、イーリスは何かに気付いたらしく足を止めた。


「ちょっと待って。たしかにボクたちには当たり前の知識だけど、言われるまで気付かなかった。──あいつら夜行性なのに、なんで一匹もいないんだ?」


 群れで暮らしているにも関わらず、洞窟の中をしばらく歩いても一匹たりとも見掛けない。それどころかあまりに静かすぎて違和感があった。セリオンもさすがに理解して、額に冷や汗を滲ませる。


「じょ、冗談きついぜ、イーリス。まさかゴブリンなんかよりヤバいのがいるとか、そんな話をしてるんじゃないよな? だとしたらすぐに逃げねえと」


 ひどく怯えていた。おおげさに大賢者との関係を謳ってみても、冒険者としての地位がブロンズなのが物語っている。ゴブリン程度ならばどうにでもなるが、それ以上の魔物と戦ったことがない。彼の仕事はもっぱら自慢話を酒場で披露するだけに留まっていた。冒険者と呼ぶにふさわしくない、まるで幼い子供のような男だ。


「大賢者の友人が情けない言葉を吐くものだな。だが少なくとも予感していることは正しいだろう。ここは間違いなくゴブリンの巣窟で、彼ら以外が棲み処にする可能性はほぼゼロ……。ではイーリス、君に問題だ」


 ヒルデガルドは面白がって指を立てながら。


「ゴブリンにはシャーマンやクイーンなどいくつかの種類が存在するが、中でも通常種からの突然変異体であり、巨躯を持ち、武器を扱う知能にも長けたゴブリンの名称をなんと呼ぶか覚えているか?」


 イーリスがうーんと顎に指を添えて。


「えっと、たしかホブゴブリンだね。通常種がやせ細っているのに比べて少ない食事でもがっしりした体格に育つうえ、他のゴブリンに指示を出して統率できる稀有な……」


 言葉が途切れ、表情が固まった。前に立つセリオンの松明が洞窟の奥をわずかに照らす先を見て目を見開く。


「続きは私が話そうか。洞窟の中が静かなとき、やつらは何らかの理由で棲み処の奥深くで集まっている。ひとつはクイーンへの奉仕。餌を運んだり、繁殖の手伝いなどもそうだ。そしてもうひとつが近隣の村などに襲撃を仕掛けるとき」


 ヒルデガルドが指さした先を見て、セリオンがぎょっとする。奥からやってくるのは三体のホブゴブリンを中心とした大群だ。ぞろぞろと鼻息荒くやってきて、彼女たちに気付くと進むのをやめて臨戦態勢に入った。


「いわば決起集会のようなものをしていると考えられるが、私もそこまでは見たことがない。とはいえ、こうして連中が集まっているのを見た以上、放っておくわけにはいかないだろう? シャーマンの首飾りを持ち帰るよりも喜んでもらえそうだ」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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