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※※※
音楽室を後にした私達は、再び並んで廊下を歩いて行く。古びた木造建ての校舎は所々が脆《もろ》く崩れ、窓からは隙間風が吹き込んでいる。
そんな老朽化の進んだ校舎でも、私はとても好きだった。特に、歩く度に少し軋《きし》む廊下が私のお気に入り。
この学校が無くなってしまうなんて、やっぱり凄く寂しい。
「学校が無くなるのは、やっぱり寂しいね……」
隣を見ると、そう呟いた大ちゃんが寂しそうな顔をする。
「うん……」
大ちゃんも同じ思いでいてくれたのだと、少し嬉しく思いながら返事を返す。
「俺はさ、中1の1学期までしかいなかったけど……。やっぱり寂しいよね、母校がなくなるのは」
「そうだね。……私、大ちゃんと一緒に卒業したかったな」
溢れ出た本音に、ハッとして大ちゃんの方を見る。
「ひよ……」
「……っ」
辛そうな顔をして、私を見つめてくる大ちゃん。その瞳から目を逸らせなくなってしまった私は、そのまま黙って見つめ返した。
「俺も……ひよと一緒に、卒業したかった。ずっと……側にいてあげたかった……っ」
今にも泣き出しそうな表情を見せる大ちゃん。そんな姿に焦った私は、慌てて笑顔を作ると口を開いた。
「……っしょ、しょうがないもんね! お父さんの仕事の都合で、引越しになっちゃったんだから」
決して大ちゃんを責めている訳でもなければ、こんな辛そうな顔をさせたかった訳でもない。何とかこの空気を変えようと、焦りながらも思案する。
「あっ……!」
目に付いた少し色の変わった壁板に近付くと、私はそのままその場に腰を下ろした。
壁の下側にある、色の変わった五枚分の板。
「……ほらっ! 大ちゃん」
ニッコリと笑って振り返れば、私に向けて笑顔を見せてくれる大ちゃん。
「……そんな事も覚えてたんだね」
私のすぐ隣に腰を下ろした大ちゃんは、懐かしそうにその壁に触れた。
昔は、この板を軽く叩くと簡単に外れ、外へと通じる穴となった。
ここは、大ちゃんの秘密の近道。
先生に見つかっては怒られ、それでも暫くするとまたここを使っていた大ちゃん。『今日も見つかっちゃったよ』と悪びれた様子もなく、笑顔で話していた大ちゃんを懐かしく思う。
「張り替えられちゃったんだね。まぁ……流石にもう、通れないけど」
「大ちゃん、凄く大きくなっちゃったもんね」
クスクスと笑いながら話す大ちゃんを見て、和やかな空気に戻った事に安堵する。
「……もうすぐ陽が落ちるね」
立ち上がって窓の外を見る大ちゃんを追うようにして隣に立つと、私は夕陽に染まった空を眺めた。
「教室に行こうか」
「うん」
そう促された私は、笑顔で頷くと大ちゃんと並んで教室へと向かう。
「……ひよ。さっき、俺の席に座ってたね。……何で?」
隣を歩く大ちゃんが、突然そんな質問を投げかけてくる。
(何で……? 何でかは、わからないけど……)
「大ちゃんに見つけて貰えるかと思って」
「……そっか。見つけられて良かった」
夕陽に染まった大ちゃんの横顔は、なんだか少し悲しそうに見える——そんな気がした。
教室の前まで着くと、開かれたままの入り口を潜ってそのまま教室へと足を進める。
「……ひよの席は、ここ」
先程私が座っていた席に腰を下ろした大ちゃんは、椅子ごと後ろへ向くと目の前の机をトントンと叩いた。
大ちゃんに言われた通り、私は黙って後ろの席へと座る。そんな私と目を合わせた大ちゃんは、優しく微笑むと口を開いた。
「今日は、ひよに会えて本当に良かった……」
なんだか、先程から少し様子のおかしい大ちゃんに戸惑う。
「うん。私も、大ちゃんに会えて良かったよ。……ずっと会いたかったから」
素直な気持ちを伝えると、大ちゃんは少し悲しそうに微笑んだ。
(っ……。まただ……)
先程から、時折見せる悲しそうな顔。
私は、何かしてしまったのだろうか……? 言いようのない不安に、緊張した私は震える声で口を開いた。
「大ちゃん……。私、何か悪い事……しちゃったのかな?」
一瞬驚いた顔を見せた大ちゃんは、悲しそうな顔をすると私を見つめた。
「ひよは、何も悪い事なんてしてないよ。……俺が悪いんだ。ごめんね、ひよ」
「どういう事……?」
私の質問に、ただ黙って悲しそうな笑顔を向ける大ちゃん。一体、何だというのか——。
大ちゃんをこんなにも悲しそうな顔にさせてしまっているのは、本当に私のせいではないのだろうか? 拭えない不安に、私まで悲しくなってくる。
「——あっ! いたいた」
突然聞こえた声に視線を向けてみると、教室の入り口にめぐちゃんが立っている。
そのまま教室へと入って来ると、私達の目の前でピタリと足を止めためぐちゃんは、心配そうな顔をして口を開いた。
「……どうかしたの?」
「何もないよ……」
大ちゃんが小さく微笑んで答えたのに対して、私は黙って首を横に振って応えた。
「…………。これ、渡しておこうと思って」
少しの沈黙の後、そう言っためぐちゃんは目の前の机に封筒を置いた。
そこに置かれた封筒には、【大ちゃんへ】と私の手書きの文字が書かれている。先程開けたタイムカプセルに入っていた手紙を、わざわざ届けにきてくれたのだ。
「ありがとう」
「ありがとう、めぐちゃん」
めぐちゃんにお礼を告げると、私は再び封筒へと視線を移した。これを読まれてしまえば、私の気持ちが大ちゃんにバレてしまう。
好きだと伝えたい気持ちと恥ずかしさから、私は大ちゃんの顔を見る事ができずに俯いた。
「っ、あの……。この手紙ね、1人の時に読んで……ね?」
「うん。わかった」
「誰にも……、見せないでね?」
「うん、大丈夫。絶対に誰にも見せないから」
大ちゃんのその言葉を聞いてホッと安堵すると、私は肩から力が抜けてゆくのを感じた。
いつの間にか、緊張で肩に力が入っていたようだ。
「……ねぇ——」
頭上からの声に顔を上げてみれば、そこには怪訝そうな顔をしているめぐちゃんがいる。
私はそんなめぐちゃんの口元を見つめると、ゆっくりと開かれる口の動きを目で追った。
「誰と、話してるの……?」