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「お兄ちゃーーん!」


ミアは俺を見つけて駆け出すと、そのまま湯舟にダイブ。

水柱が立ち上がり、咳き込むミアは気管に入ってしまったであろう水と一緒に、だらりと鼻水が垂れていた。


それとほぼ同時。大きな声を上げながら浴場へと入ってきたのはソフィア。


「ミア! まだ仕事が残ってるでしょ!」


「えっ……ちょっと……」


「ぎゃああああああ!」


ソフィアは俺の裸を見た途端、すごい勢いでUターン。それを見たミアは、湯舟の中でケラケラと笑っている。


「ミア! 明日は残りの仕事やってもらいますからね!」


ピシャリと閉まる脱衣所の扉。遠ざかっていく足音に、ミアはべーっと舌を出す。


「ミア……?」


あまりに急な出来事で思考が止まっていたが、目の前ではしゃぐミアを見て、一つの疑問が頭を過る。


あれ? ここ男湯だったか?


特に気にせず入ってしまったが、入り口は一つしかなかった。もしかして、男湯と女湯が時間で分けられていたりするタイプなのだろうか?

だが、注意書きのようなものは見なかった……。いや、見落とした可能性も……。

そうであるなら、社会的に抹殺されてしまうのは俺の方。

どこかに注意書きがあっただろうかと今更辺りを見渡すも、そんな物はどこにもない。

焦りの色を隠せず、キョロキョロと不穏な動きを見せる俺に対し、ミアは心を読んだかの如くズバリ答えを言い当てた。


「ここは混浴だよ?」


「ああ、そうなのか。ならよかった…………いや、よくなーい! ミア、勝手に入ってきちゃダメじゃないか!」


華麗なノリツッコミを披露してから、泣き出さない程度に非難の声を上げる。


「だから混浴だよ?」


「いや、そういうことじゃなくて……。恥ずかしくないのか!?」


「んー。別に? お兄ちゃんしかいないし」


「そうか。ならいいや」


「え? いいの!?」


急にトーンダウンした俺に驚きを隠せないミア。

どうせ出て行けと言っても出て行かないだろうし、かといって俺もまだ十分に温まっていないので出たくない。

まあ、冷静になって考えてみれば、ダメならソフィアが無理矢理にでも止めているはずである。

風呂で騒ぐのはマナー違反。ゆっくりと浸かろうではないか。


「ところで、体は洗ったのか?」


「まだー」


だろうな。ミアは直で走り込んできたし、聞くまでもなかった。


「じゃあ洗っておいで」


「お兄ちゃん、洗って?」


「いいよ」


「え? いいの!? やったあ」


断られると思ったのだろうが、予想外の答えに嬉しそう。

自慢じゃないが元の世界では、兄夫婦の娘を風呂に入れたことがある。こんなことでは動じたりはしないのだ。


木製の小さな椅子にミアを座らせると、洗髪剤を手につけ、髪を洗って……洗髪剤を手につけ、髪を……洗髪剤……。

髪の長い女性は洗髪剤の使用量すげえ多いな……。全然泡立たねえ……。


そんなことを考えつつも、絡まった髪をほぐすよう柔らかな髪の間をゆるやかに梳いていく。

プロの美容師には及ばずながら、その模倣の一環として定番のセリフを口にする。


「お客様、お痒いところはございませんか?」


「ええっと、おなか?」


「いや、頭でだよ……」


まさか頭以外の部位を言うとは思わなかったので思わずツッコんでしまったが、言われた通りおへその辺りをポリポリと掻いてやる。

後ろ髪は大体洗い終え、次は前髪をと思いそれをかき上げると、普段は隠れていて見えない顔がよく見えた。


「ミアは前髪は切らないのか? 見づらいだろうし、目を出した方がかわいいと思うんだが……」


ミアの顔はリンゴのように赤くなると、両手で顔を覆ってしまった。


「恥ずかしいから、あまり顔は見ないでほしい……」


「……ああ。すまない……」


裸よりも顔を見られる方が恥ずかしいということなのだろうか?

年頃の女の子の考えていることはさっぱりだ。


大量の泡を洗い流し、二人でまったり湯船に浸かると、ミアの体が温まったタイミングで温泉を後にした。


満足気に笑顔を振り撒くミアと別れ、部屋に戻ると、ベッドに勢いよく倒れ込む。

今日は色々とあったが、明日からは借金返済のための仕事が始まる。

風呂で体も温まったし、今夜は酒も入ってない。明日はちゃんと起きなければ……。


そんなことを考えていると徐々に力が抜け、そのまま眠れるだろうと微睡んでいたその時だ。

ドアノブをガチャガチャと回そうとする音に、ハッとした。

こんな時間に何の用だろうか? 鍵はかかっているがノックは聞こえなかった。

聞き逃した可能性も考慮し、こちらから声をかけるべきか悩んでいると、カチャリと解錠される音。


「――ッ!?」


バーン! と勢いよく扉が開くと、そこに立っていたのは大きな荷物を持ったミアである。


「お兄ちゃんと一緒に寝るぅ!」


「ミア! カギはどうした?」


「ギルドのスペア!」


「風呂は一つしかないから仕方ないとしても、一緒に寝るのはダメだ。ミアには自分の部屋があるだろう」


さすがにそれは許せるラインを超えている。これが他の人に知られれば、噂になること請け合いだ。

冒険者初日から担当を部屋へと連れ込む変態。そんな噂が立てば、今度こそ間違いなく人生終了である。


「なくなる予定なので」


「え?」


「お兄ちゃんの借金立て替えたから、お家賃払えなくなるの。だから一緒に住めばいいかと思って!」


なるほど……俺のせいか……。


「ギルドの部屋なら他にもあるじゃないか、俺と一緒じゃなくてもいいだろ?」


「でも他の部屋、お野菜いっぱい置いてあったよ?」


そうだった……。入りきらない農作物を保管していたのだ。

それでも結構ギリギリなので、果実類はこの部屋に置いている。


「だが、担当だからって一緒に住むのは、ちょっとやりすぎじゃないか?」


「金貨二十枚……」


「うっ……」


「それに冒険者さんが引退して、ギルドの担当さんと結婚したりすることは、よくあることだよ?」


ダメだ。ミアには勝てそうにない。なんという行動力の化身……。

元はすべて自分の責任。力ずくで部屋から放り出すのは簡単だが、非のない子供にそんなことできるはずがない。

何より、初めて会ったであろう俺なんかを慕ってくれているのだ。


「はあ、しょうがないか……」


「やったー!」


ミアは大きなカバンをテーブルの横に置き、中からパジャマを出したと思ったら、その場で着替え始める。

驚きのあまり心臓が跳ね上がり、止めようとしたが……よくよく考えたら裸は風呂で見ているのだ。

今更気にすることでもなかったと、心の中で苦笑した。


「ミア。ソフィアさんはまだギルドにいるか? 他に寝具があれば、俺は床で寝るが……」


この部屋は一人用だ。ベッドはシングルサイズが一台しかない。


「ううん。ギルドはもう閉めちゃったから、支部長は帰っちゃったよ? 小さいから私は一緒でも大丈夫っ!」


着替え終わったミアが、ベッドへと飛び込んでくる。


「ほら!」


この笑顔の破壊力たるや……。

これはもう言う通りにするしかないと、すべてを諦めた瞬間であった。


「はあ。俺の負けだよ……」


「えへへ」


「じゃあ、寝るぞ?」


「うん、おやすみなさーい!」


「おやすみ」


どこにあるのかもわからない田舎の小さな村。月明かりが窓から差し込んでいて、とても静かな夜である。

枕を譲りサイドテーブルにあるランタンの火を消すと、ミアは俺の顔をじっと眺めていた。

意識しているわけじゃないが、子供とはいえ女性と一緒に寝るのは初めてのこと。


「どうした? 寝ないのか?」


「んとね、お兄ちゃんがいい人でよかったなって。天使様に言われた人が、怖い人だったらどうしようってずっと思ってた……」


「そうか? まだわからないぞ?」


わざと不敵な笑みを浮かべてみせる。


「大丈夫だよ。私、怖い人いっぱい見てきたもん。……戦災孤児っていっぱいいるの。私みたいに適性を見つけてもらえれば、拾ってもらえることもあるけど、ほとんどは奴隷になっちゃう……」


「この国は奴隷がいるのか?」


「うん。大きな町だとよく見かける……。怖い人が同い年くらいの子を、棒で叩いたりしてるの……。助けてあげたいけど……私にはどうすることも……できなくて……。私も……ああなっちゃうのかも……って……思うと……」


ミアは弱々しく震え、徐々に声を詰まらせる。

この世界には来たばかり。当然情勢など知る由もなく、なんと声をかけていいのかわからない……。

ただ、この世界の孤児は、かなり過酷なのだろうということは理解した。

甘えたくても親がいないというのは、子供にとっては辛いことだ。

俺にできることといえば、ミアを抱きしめ、優しく頭を撫でてやることくらい。


「大丈夫。俺はそんなことしない……。こんなことしか言えないが、信じてくれ」


「うん……」


ミアと俺は、そのまま深い眠りについた。

死霊術師の生臭坊主は異世界でもスローライフを送りたい。

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