テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜通しでの宴が終わると、私たちは宿屋に向かった。
「部屋は二部屋で、
私の部屋とエスト様と辰夫の部屋で異論はありませんね?」
私は当然のように言った。
「異論しかない」
エスト様が即答した。
「我は……屋根があれば……
どこでも……良いです……」
辰夫が項垂れる。
私は辰夫のことをもう少しだけ優しくしようと思った。
*
案内された部屋に入ると、ベッドが2つあった。
「おおお……ベッド……
久しぶりのベッドに布団……」
「ずっと辰夫の背中で寝てたからね」
エスト様が辰夫を見つめる。
「硬くて寝心地最悪だったよね。次から鱗剥がそう?」
私も辰夫を見つめる。
「我は寝れない日々を送っています」
辰夫が呟く。
「お姉ちゃん! これフカフカするよ! わーいわーい!」
エスト様はベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そうか。
エスト様には初めての体験なんだな。
思えば……
この子は魔王としての過酷な運命を背負って生まれたのに……
とても優しいし純粋だ。
私が守らなければ。
この子を。
この笑顔を。
簡単にレベル上げできる大切な養分を。
そして埃が舞うから飛び跳ねるのはやめろ小娘が。
と思った。
*
そして大浴場に向かった。
この異世界に転生してから初めてのお風呂である。
「おおおおお! お風呂ー!
やったー! お風呂ー!」
私は叫んだ。
「おおおおお? お湯?
なにこれ! お湯? わーい!」
エスト様は湯船にソロっと指を入れたり出したりしてはしゃいでいる。
「ぁ……ぺったん……じゃなくて……」
エスト様が私から急いで視線を逸らす。
「お! お姉ちゃんッ! 早く世界征服しよう……ね?」
そして突然、話を変えた。
「おまえ……?」
私の胸を見たエスト様が何故か決意を固くし、
同時に私の殺意も固くなった。
*
その後、村の酒場で食事をした。
昨晩の宴で村人達の警戒心は和らいでいるように感じた。
エスト様も辰夫もまともな食事に感動していた。
「調味料で味の付いた料理ー♪
……んーおーいしー♪」
私は幸せだった。
「うわぁー何これ! 何これ!
美味しい! 美味しい!」
エスト様が目を輝かせる。
「我は……残飯を……いただきます……」
辰夫が呟いた。
……よし。優しくしよう。
明日から。たぶん。覚えてたら。
*
その晩、私たちは宿屋の部屋で今後の方針を話し合った。
「しばらくはこの村を拠点にしようよ」
エスト様が提案する。
「賛成です。とても良い村だしね。居座ろう?」
私は笑顔で頷いた。
村長のギクって声が聞こえた気がしたが知らん。居座る。
「拠点にするためにも村人達と早く打ち解け合いたいですな」
辰夫が言った。
「何か仕事を手伝うとか良いかもしれませんな」
*
──ここから辰夫の壮絶なバイト人生が始まるのである。
*
「じゃあ決まり! 拠点にするぞー!」
エスト様が嬉しそうに言った。
「征服ってのは、力でねじ伏せるんじゃなくて、
”ね、こっちのが楽でしょ?”
って笑いながら囲うものなの。
だから、何か考えよっと」
私は笑顔で言った。
「お、お姉ちゃん?」
エスト様が不安そうに見ている。
「(今のサクラ殿の笑顔が一番こわい……)」
辰夫が震えている。
*
一度布団の味を知った民は、もう従うしかないのよ。
征服ってのは、朝に布団から出られなくすることから始まるの。
──サクラ哲学:布団征服論
*
それから数日後。
その日は辰夫が夜間の土木工事のバイトに行ったので、
私とエスト様の2人で酒場で食事をしていた。
私たちが食事に舌鼓を打っていると、
3人の男が絡んできた。
「おっとー?
なんで魔物の女がこんなとこでメシ食ってんだ? あ?」
「へっへっへ」
「けへへへ」
私はビールの樽ジョッキを置くと溜め息をついた。
「はぁ……異世界転生のお決まりパターンが来たか……
まったく……どこの世界でも男ってやつは……」
「お姉ちゃん。暴れちゃダメだよ?」
エスト様が心配そうに私を見る。
「大丈夫」
この平穏な生活を守るためにも、
ここで暴れるという選択肢は無かった。
「何だお前たちは?
私たちに何の用だ?」
会話をしつつ、スキル『神眼』でステータスを確認する。
(ふん。全員レベル30前後……ねぇ……)
「鬼の姉ちゃんよ! 俺たちはな?
クエストでこの村に来てる冒険者様さ。
魔物が俺たち人間と同じメシを食ってんじゃねーよ!」
「楽しい食事の時間だというのに……
邪魔をしないで欲しいわね」
「ツノの生えた化物が!
こんな不気味なガキまで酒場に連れてくるんじゃねーよ!
酒が不味くなるんだよ! とっとと出てけよ!」
男のひとりが激しく机を叩く。
「ふふ……エスト様の悪口は……
好きなだけ言って構わない。
全く問題無い。
どんどん言えば良い。
良いこと教えてあげる。
オネショするのよこの子」
私は笑顔で言った。
「でもね?
この美しい私への悪口は許せない……
んだがぁッ!?」
ブチギレた。
「あれ?!……お姉ちゃん!今度さ!?
私たちの関係をちゃんと整理しようね?」
エスト様が慌てる。
「あと! オネショじゃないもん!
汗だもん! 多感な時期なんだもん!」
……場が一瞬、静まった。
*
その隙を縫うように、
おばあちゃんの声が脳裏をよぎった。
──『たくあんはね?干して、締めて、塩で泣かすのよ。ああ、お爺ちゃんも良い声で泣いたわぁ……』──
……そうね、おばあちゃん。
泣かせてあげるわ。
こいつらも。
っておじいちゃん!?
*
私は立ち上がり男たちを睨みつける。
「そして私の胸ばかり見るな! いやらしい!」
「「「ないだろ!」」」
男達が叫んだ。
「ないだろ」
エスト様も続いた。
店内に静寂が訪れた。
……なるほど。
小娘、お前も“そっち側”か。
よし。全員まとめて漬ける。
*
──そう決めた瞬間。
店内がざわつき始め、他の客達の声が聞こえてきた。
そして、私の胸について議論を始めた。
ざわざわ……ざわざわ……
「ないない」
「な……い……よな…?」
「あぁ……ないな……」
「え? どこにあるの?」
「ねーよwww」
「そういう種族なのかと思ってたw」
「お姉ちゃん、胸どこに落としてきたの?」
「拾ったら返してあげるね!」
「しっ! 見ちゃいけません!」
「いつから胸があると錯覚していた?」
「わんわん!」(ないだろ!)
「にゃーにゃー!」(私のがあるわ!)
「シュッシュッ!」(カマキリが威嚇)
「ぱくぱく!」(金魚)
「……」グラスを持つ手が震えて酒こぼす客
「ひゅう!」窓際の客が口笛
「スカッ!!」奥の席でダーツやってた客が外す
「胸とは存在ではない。“可能性”だ」奥の席の哲学者がグラスを置く
ざわざわ……ざわざわ……
「……うわーーーーーん!
この店にいるみんな!
表に出ろーーーーー!」
私は叫んだ。
*
夜風が冷たい。
酒場の裏路地に、男たちがゾロゾロと出てくる。
その数、約二十名。
冒険者、村人、そして──
「……おい、なんで俺まで」
金魚鉢を抱えさせられた哲学者が呟いた。
その鉢の中では、金魚がパクパクと口を動かしている。
「シュッ! シュッ!」
私の足元では、カマキリがファイティングポーズを取っていた。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のおばあちゃん語録】──
『たくあんはね?干して、締めて、塩で泣かすのよ。
ああ、お爺ちゃんも良い声で泣いたわぁ……』
解説:
漬物の話である。
だが、サクラはこれを“反撃の哲学”として、
深く刻み込んでいる。
干す=弱らせる。
締める=逃げ道を断つ。
塩で泣かす=とどめを刺す。
なお、お爺ちゃんが泣いた理由は、
今となっては誰にもわからない。