(一)
胎輪がコンクリートと擦れる音しかしない古臭いバスは、私と運転手を乗せ、夜の道路を走ってゆく。
夜空で煌めく月と星。彼らが私に語りかけたなら、どんなに心躍る毎日になるだろうか。
人は恋愛をするために生まれ、死んでゆく。そんな思想を持つ私たち学生は、生活の水準を恋人の有無で判断する傾向にある。早朝に聴こえる鳥の囀りや、流れる川に反射する光を美しいと感じられることの方が幸せだと私は考える。だがこの思想もただの嫉妬に過ぎないのかもしれない。クラスの女子たちもあの人が格好いい、優しいといった話題で盛り上がる。そんな彼女らにとって無関心なのは彼だけ。
土曜日。胡春とバーガーショップでランチをした。中学校を卒業してから一度も会っていなかった私たちは、その分の世間話をする。
「ねえ。七夏は彼氏できた?」
私は勿論居ないけどね。と呆れた仕草をして胡春は付け足す。
「できてない。」
「告られてもオーケーしないもんね。七夏って。」
真面に会話をせず、好きになってしまったので、彼のことは言いづらい。それに、彼のことを褒めるには、かなり時人チックになってしまうのが気恥ずかしい。細く骨ばった腰に巻かれるベルトにお洒落さを感じるところ。黒く肩まで伸びた髪が仔猫のようにフワフワしているところ。一人クラスの中で浮いているところが、生命のメカニズムを解かっているよう視えるところなど、 論理的で現実的な胡春には、理解して貰えなそうだ。
バーガーが予想以上に大きく、フライドポテトを一本ずつ喉に押し込んだ。思ったより大きかったね、なんて言いながら、私たちは歩いて十五分ほどの場所にあるリサイクルショップに行くことにした。
店に入ると、埃と黴の臭いが肺に入っていくのが分かった。
商品ごとに分けられた棚が一メートル程の間隔で並べられていて、試着しようと思っても、隙間なくハンガーに掛かっているので、力強く引っ張らないと取り出すことができなかった。
私は、黒が褪せた布地に印刷された白の絵柄が可愛らしいトップスと、革のリュックを買った。もう六月なので夏服を買いに来たのだが、 ファーが施されたミリタリージャケットに一目褒れし、つい買ってしまった。
胡春は、赤チェックの生地がレースのようにあしらわれたスカートと、編み目の大きいニットを購入していた。
店を出る頃には、もう日が暮れかかっていた。胡春は塾に行かなければならなかったので、一人で帰ることになった。
バスに揺られながら、ずっと考えていた文章が固まったので、彼にメールを送った。
はじめまして
同じクラスの武田ななです
仲良くなりたいと思ったのでメールします
これから時々話しかけてもいい?
家に帰ると、両親は家に居なかった。 外出しているか、ホテルにいるかのどちらかだろう。私の食事は自由に決められるし、 食べることもできる。だが、それを両親と。ということはありえない。衣食住は整えられているし、不自由はない。だが私はそれを愛だとは思わない。ただの生命保持だと思う。 無いものねだりかもしれない。しかし私は、 その無いものが欲しい。そんな風に考えると、いつもと同じように涙が溢れてくる。
涙と鼻水が流れ出し、顔は酷く歪んでいるのがわかる。泣いたってどうにもならないのに。唯、ただ私は、一人で子供のように叫んで泣いた。秒針の進む音をかき消すように、 私の嗚咽が孤独に響いていた。
腫れた目でぼんやりとしながらも、常に携帯電話を気にしていた。送り宛を間違えていないか、回線が悪いのではないか、気味悪がられたらどうしようと不安になった。しかし皮肉にも、朝まで悩みすぎて眠れなかったなんてことはなく、ぐっすりと眠ってしまった。
メールありがとう
返信遅くなった ごめん
是非話しかけて 気を悪くしたらごめんね。
コメント
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