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藤澤の手が、大森のシャツの裾をぎゅっと握る。
それは拒絶ではなく、むしろ頼るような動きだった。
「ぼく、今香りしませんよ」
かすれた声で藤澤が呟く。
「そうだね。何も纏ってない」
「なのに…なんで、なんでそんな顔でぼくを見るんですか」
藤澤は、大森の視線から目を逸らそうとするけれど逃げ場がなかった。
香水の瓶に囲まれたこの部屋はどこを向いても彼の世界だった。
大森はゆっくりと指先を伸ばし、藤澤の髪に触れた。
静電気みたいにほんの少し浮かび上がる感触。それだけで藤澤の身体がぴくりと震えた。
「君が今、どんな匂いなのか…本当はずっと知りたかった」
「僕は香水じゃないですよ」
「そうだね。でも君の匂いはちゃんとある。それは誰かに調香されていない生きてる匂いなんだ」
大森の手がそっと頬に触れる。
やわらかくて、あたたかくて、だけどその温度に甘えてはいけない気がして、藤澤は目を閉じた。
「……僕なんかにそんな、期待しないでください」
「期待なんかしてない。ただ君を知りたい。香りも、肌も、声も、眠るときの表情も」
ぽつり、と落とされたその言葉が胸に深く沈む。香水じゃ隠しきれないほどに。
藤澤の指先が大森の腕にそっと重なる。
そのまま引き寄せられるように、再び唇が重なった。
今度は一瞬じゃない。
優しく、深く、時間がとろけるように。
まるで、香りを吸い込むようなキスだった。
──眠れない夜が、少しだけ静かにほどけていく。