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「ラキアスは弟君と仲良くしたいのですね。私にもキースという弟がいるのですよ。現在、1歳のよちよき歩きの可愛い子です」
「1歳くらいは本当に可愛いですよね。僕もスコットが1歳の時は僕をよちよち追いかけて来て本当に愛おしかったです。あの頃のような兄弟関係に戻りたいものです」
ラキアスは本当に優しい良いお兄ちゃんだったのだろう。
「まだ、取り戻せますよ。ラキアスは素敵な子です。他の誰に邪魔をされようと2人の関係は改善すると思います」
幼い子というのはひたすらに一途に慕ってくれるものだ。
私はミライの一途に自分を慕ってくれる気持ちを利用して、彼を操って受験を突破しようとした。
程度は違えど大人が自分の目的の為に、子供の想いを捻じ曲げていることには変わりない。
「ミランダは何だか僕を子供扱いするようになりましたね? 僕の恋のライバルはあの護衛騎士だったりしますか?」
ラキアスが私の頬を手で覆いながら伝えてくる言葉に少し驚いた。
「エイダンですか? 私は彼をそのような目で見たことはありませんよ。ラキアスを子供扱いしているつもりもありません。私はあなたに一方的に助けられている自覚があります。だから、少しでもあなたの悩みに寄り添いたいのです」
「僕に悩みがあると思っているのは、あなただけですよ。皆、僕の生まれを羨んだり妬んだりするだけです」
「でも、悩んでいることがありますよね。ラキアス、あなたの立場だからこそ誰ともわかちあえない悩みがあると思います。私にあなたの痛みを分けてください」
私の存在を背負わせて欲しいと言いながら、必要以上に強く抱きしめてきた彼を思い出していた。
ラキアスの瞳が一瞬潤んだかと思うと私は抱きしめられた。
抱きしめる手が震えていて、ラキアスは泣いている気がする。
「頭に何も入ってこないのです。帝王学、経済学、政治学、皇帝になるために勉強をさせられるのですが何も頭に入ってきません。周りの期待ばかりが強くて辛いです。ミランダのことが好きです。でも、間もあけずにミラ国に来てしまったのは、多くの期待から逃げてきたかったのだと思います」
頭に何も入ってこないというのは、ラキアスの頭が悪いわけではない。
彼の今までの振る舞いや言動から、優秀な人間だというのはわかっている。
「休んでください、ラキアス。ミラ国でたくさん、休んでください。あなたはとても疲れているのです」
私はラキアスをゆっくりと抱きしめて、頭を撫でた。
「やりたくない、向いてない」といくら言っても、周りの大人から過度な期待をかけられているのだ。
彼は立場上、対等な相手がいないのに弟とも疎遠になり孤独なのだろう。
私はラキアスが頭に何も入ってこないという原因がわかっていた。
彼の状態は、ミライが受験直前にあった症状と似ている。
極度のストレス下に置かれて、脳が正常に機能しなくなっているのだ。
そのような事態でも、私はミライに勉強を強いていた。
「あと、少し頑張るだけなのに、どうして頑張れないの」
私の怒ったような声に驚いて、ミライは目に涙を溜めながら机に向かい続けた。
ミライがそのような私を見限るのも当然のことだ。
「ラキアス、あなたは優しくて素敵な人です。その上、女の子みんなが一目で恋に落ちるくらいの美少年です。きっと、これから自分のしたいことは何だって叶えられます。将来は何がしたいとか夢はありますか?」
私が聞いた言葉に泣いているような声で、ラキアスがこたえてきた。
「世界を自由に旅してみたいです。僕はいつどこに行くにも監視のように人がついて来てしまいます。一人では寂しいので、ミランダも一緒に来てくれますか? ごめんなさい、本当に実現不可能な夢ですね。紫色の瞳をした人間が帝国外にでたら大変なことになります」
紫色の瞳というのは遺伝しづらく、帝国の皇族の血が濃い証として大切にされる。
言い換えれば、その貴重な瞳の色が他国の人間に遺伝したりしないよう、生涯帝国で暮らさなければならない。
「周囲の期待に応えて一度皇帝になってから、紫色の瞳が皇族の血が濃いという話が迷信にすぎないと宣言したらどうですか? 紫色の瞳を持った皇帝自身が発する宣言なら効果がありそうです。瞳の色による縛りがなくなったら、皇位を他の兄弟に譲るのです。そうしたら、ラキアスは自由になれませんか?」
私はラキアスがどうしたら自由になれるのか知恵を絞った。
「ミランダはすごいアイディアを出しますね。なんだか光が見えてきました。皇族の僕がこんなこと打ち明けると驚かれるかもしれませんが、僕は人と接するのが得意ではありません。部屋で一人で過ごしているのが一番好きでした。でも、今はミランダと一緒に話す時間が一番好きです」
私は外で堂々と騎士や補佐官に接していたラキアスを見てきたので、彼の告白に驚いてしまった。
「苦手なことをずっと頑張ってきたのですね。ラキアスは本当に頑張り屋の良い子です。ラキアス、あなたはそのままでも十分素敵な人ですよ。私はあなたの優しさと心の美しさにいつも癒されています」
私はラキアスから体を少し離し、彼の頭を撫でながら潤んだ瞳を見つめた。
「何だか、子供扱いされている気がします」
ラキアスが頬を染めて照れながら言う。
確かに頭を撫でるなど子供にすることで、帝国の皇子に対しての振る舞いとしては失礼だったかもしれない。
「子供扱いなどしていません。私はあなたのことを尊敬しているのですよ」
ラキアスの人知れぬ苦しみと努力を思うと、自然とミライのことを思い出してしまって辛くなった。
内向的なミライも利発的で堂々とした子の演技をしていた。
「今のままであなたは十分頑張りやで素敵な子よ」
ミライにも言ってあげればよかった。
元の世界に戻れたとしても、過去に戻れることはないだろう。
私は自分の過去の取り返しのつかない過ちに気がついては後悔してばかりだ。
それでも、私は元の世界に戻ってミライの笑顔が見たい。