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昨夜、治くんの玄関先で渡された、ずっしりと重い保冷バッグ。
「一番に俺の味を食え」という強引な約束を守るために、私は翌朝、いつもより早く起きてキッチンに立った。
タッパーを開けると、そこには昨日一緒に食べたおかずが、まるでお店のお惣菜のように綺麗に詰め直されていた。
(……治くん、本当にマメだなぁ。侑くんとは正反対)
一切れずつ、昨日の温度を思い出しながら口に運ぶ。出汁の香りが鼻を抜け、胸の奥がじんわりと熱くなる。
そして、最後の一口。保冷バッグの底に、小さなアルミホイルの包みを見つけた。
「……あ、これかな。『当たり』って」
丁寧に包みを解くと、中から出てきたのは――小さな、一口サイズのハート型のおにぎりだった。
しかも、海苔で不器用ながらも文字が切り抜かれている。
『 あ か り 専 用 』
「……っ、ぶふっ!」
思わずお味噌汁を吹き出しそうになった。
無口でクールな、あの治くんが。銀髪を揺らしながら、夜中に一人でちまちまと海苔を切り抜いている姿を想像して、愛しさと可笑しさが爆発する。
(……何これ、可愛すぎる。……反則だよ、治くん)
一口で頬張ると、中からは私の大好きな、一番甘い梅干しが出てきた。
酸っぱくて、でもとろけるように甘い。
それは、今の私の心そのもののようで、私はしばらく顔を上げることができなかった。
登校して自分の席に座ると、隣には既に治くんが座っていた。
彼は頬杖をつきながら、教科書を逆さまに眺めている。
「……おはよ、朱里。……完食した?」
「……おはよ。うん。……『当たり』、すごかったね」
私が耳まで赤くして囁くと、治くんはフイッと窓の外に視線を逸らした。
でも、机の下では、彼の足が私の足にコツン、と触れる。
「……海苔、切るの三十分かかった。……効率悪いけど。……朱里が笑うなら、ええわ」
その時。
『あーーーっ!! 朱里ちゃん! 治の「愛妻おにぎり」食うたな!? 海苔の残骸がゴミ箱に落ちとったぞ!!』
ガラッ!! と教室の扉が開く。
合宿から帰ってきたばかりでボロボロの侑くんが、指を差して絶叫した。
後ろには、スマホでその様子を連写している角名くん。
「……ツム。お前、ほんまに……死ね。……ゴミ箱漁るとか、不潔やな」
『誰が漁ったや! 掃除当番やっただけや!! 朱里ちゃん、こいつの愛は重いぞ! 米粒一つに執念が宿っとる!!』
「……重くてええねん。一生、俺の味以外受け付けん体にするんやから。……角名、ツムを今のシャッター音で洗脳しとけ」
治くんは無表情のまま、私の手を机の下でギュッと握りしめた。
当たり付きの、秘密のメッセージ。
海苔の文字よりもずっと深く、私の心に「治専用」という刻印が押された朝だった。