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【韓国・ソウル】
パパ―ッパーッ
・:.。.・:.。.
「来ちゃった・・・」
ソウルの中心、江南区にそびえ立つ「ファイブエンター・テイメント」の本社ビルを見上げ、沙羅は小さく呟いた
沙羅の目の前のビルはまるで現代の要塞だ、ガラスと鋼鉄で構築された50階建ての巨大な構造物は、陽光を鋭く反射し、ソウルの空に冷たく輝いていた
沙羅の胸は、その圧倒的な存在感に締め付けられるような感覚に襲われた
ビルの入口には巨大な自動ガラスドアが鎮座し、その両脇には黒いスーツに身を包んだボディーガードがものすごい威圧的に立っている
彼らの目は鋭く、ワイヤレスイヤホンから漏れる指示音がかすかに聞こえた
社ドアの上には「FIVE ENTERTAINMENT」の金色のロゴが輝き、LEDライトが点滅して訪問者をこれ以上ないほど圧倒していた、他にもよく目を凝らして沙羅は観察する
セキュリティカメラがビルの隅々で赤い光を放ち、まるで生き物のように沙羅の動きを追っていた、訪問許可も無しにとてもではないがあのビルには入って行けない
ましてや「力に会わせてください」なんて言おうものなら頭の痛いサセンファンだとつまみ出されるに違いない
力がかつて話していたことを思い出した、このビルの45階に力の指紋認証でしか入れない彼専用の音楽作業スペースがあると
ハァ~・・・
「力・・・こんな所で働いてるんだ・・・」
沙羅は改めて力の生きる世界の大きさに圧倒された、あの日本の小さな町で、ギターを抱えてハミングしながら音々と笑い合っていた力は、今、こんな冷たく巨大な要塞の中で戦っているのだろうか・・・
いや、そもそもここに力がいるのかもどうかも分からない
ビルの周囲を囲む6車線の道路はソウルの喧騒が渦巻いていた、クラクションの音、高級車のエンジン音、歩道を急ぐビジネスマン達の足音が交錯する。
端では若者が大声で叫びながら笑い合い、観光客がスマートフォンで写真を撮っていた
ふと、沙羅の視界に鮮やかなブラックロックのラッピングバスが飛び込んできた
バスの側面には、力の顔が大きくプリントされている、隣には拓哉のクールな表情、誠の穏やかな笑顔、そして海斗の鋭い眼差し、彼らが映し出された大型バスがソウルの街を疾走する姿に、通り過ぎる人々が興奮して写真を撮っていた
沙羅の胸に日本で力と暮らしたの静かな日々が蘇る、力は音々を抱きしめ、沙羅に優しく微笑みながら約束してくれた
「ツアーが終わったら結婚して一緒に暮らそうね」
・:.。.・:.。.
あの時の力は世界的なロックバンド「ブラックロック」のリードボーカルではなく、ただの優しい青年だった
だが今、目の前に広がるこの光景・・・巨大なビルと、街を彩るブラックロックの存在感は、力がどれほど遠い場所にいるか現実を沙羅に突きつけた
ブツブツ・・・「おっ・・・落ち込んでる場合じゃないわよ、沙羅! 今まであの町から出たことなかった私が、ここまで一人で来れたんだから! そうよ、すごいことよ!人生何ごともチャレンジよ、 やれば何でもできるんだから!」
そう言う沙羅の膝は韓国に降り立ってからずっと小刻みに震えていた
沙羅は自分を鼓舞するように声を上げた、力をなんとか探し出したい、その一心でここまで来た、スマホを取り出し、メモ機能で何度も確認する
ブツブツ・・・「えっ~と・・・陽子の調査通り、海外eSIMは(trifa)で契約して正解だったわ、韓国の空港降りてからどこでもWi-Fiバッチリ! あとは~・・・Googleマップは韓国で使えないからNaverマップを入れて~・・・うわ、これ全部日本語で出てくる! 何これ!位置情報無敵じゃない! 翻訳アプリもバッチリだし!ありがとう陽子!」
沙羅は自分に言い聞かせるように呟き、とりあえず手がかりを探すためにこの要塞のようなファイブビルを一周してみようと歩き出した
その時、「キャー!」という黄色い声が響いた、慌てて声のするビルの裏口の車寄せに向かってみると、そこで見知った顔を発見した
「拓哉君! 海斗君! ジフン!」
沙羅は思いっきり叫んだ!!心が一気に高鳴る
ブラックロックのメンバーがビルから出て来て真っ黒い商業バンに乗り込もうとしている!
ああっ会えた! 涙が溢れる!沙羅は咄嗟に叫びながら道路に飛び出した
「みんなっっ!!あたしよ! 沙羅よっっ日本から来たのよー!」
だが、その瞬間、「キャー! 拓哉!」「海斗ー!」と叫ぶ出待ちのファンの軍団に後ろから突き飛ばされ、沙羅は地面に尻もちをついた
「邪魔よっ! オバサン!」
若い女の子の鋭い声が突き刺さる
「いたたっ・・・」
沙羅が痛みに顔を歪めながら立ち上がろうとした時、黒いバンが目の前に停まってパワーウィンドウが全開になった、そしてそこに現れた人物を見て沙羅はハッと息を飲んだ
「偽りき!!」
沙羅の心が一瞬で怒りに燃えた、あの男! たしかに顔は似ているかもしれない、しかし本物の力とは似ても似つかない、力の影武者の肩幅は本物の力の半分も無く、とても華奢な男だった
本物の力のガッシリした体躯、引き締まった腹筋、広い肩幅・・・沙羅の知る力はこんなんじゃない!
「どうして誰も気づかないの! アレが力だなんてありえないっっ!」
沙羅の大声の叫びもファンの黄色い声にかき消された
「キャー! キャー!」
「力ーーーー!」
「愛してるぅ~~!」
ファン達の歓声が響く中、影武者力は車の中から笑顔で手を振った
「みんな、気を付けて帰れよ~♪」
その軽やかな声に沙羅の怒りはさらに燃え上がった、もう一つの車の窓から見える奥の拓哉、海斗、ジフンの表情は硬く、その顔からは何も読み取れなかった
どうしてみんなは私に連絡くれないの?真由美はなんて言ってたっけ?
彼らはどんな気持ちで影武者と行動を共にしているのだろうか、力の異変に気づいているのだろうか? それとも・・・全部承知の上で・・・何が彼らに起こっているの?
メンバーを乗せた車はガードマンに護衛されてゆっくりと走り去った、沙羅はがっくりと肩を落とし涙が溢れた、彼らに一歩も近づけなかった
「ああ・・・拓哉君達が目の前にいたのに・・・私の事気づいてもらえなかった・・・」
その時、音々の笑顔が脳裏に浮かんだ
―パパを連れて帰ってきてね、ママ―
あの小さな可愛い声が沙羅の心に火をつけた
グスッ・・・「ダメよ、沙羅!泣いてる場合じゃないわ、力を見つけ出すのよ、音々ちゃんのためにも!」
といってもこれからどうしたらいいのだろう・・・
メンバー達は行ってしまった・・・
このビルだけが唯一の手掛かりだったのに・・・
まったくの異国の国で土地勘も無い、言葉も通じない、拓哉達が何処に行ったのかも見当がつかない・・・
やはりこの計画は無謀だったのだろうか
沙羅は途方にくれた
八方ふさがりだ・・・ 悔しさと無力感が胸を締め付ける、 沙羅は膝を抱え、日本から遠く離れたソウルの冷たいアスファルトの上で小さく震えた
「・・・さん・・・オバサン!」
そのとき突然、背後から声がしたので沙羅はハッと振り返った
そこには、どう見ても高校生らしき女の子が二人立っていた、もしかしたら中学生かもしれない
一人はふくよかな体型で、三つ編みに眼鏡をかけて地味な服装で真面目そうな子、もう一人はピンクのおかっぱ髪で華奢な体つきの派手な子、二人とも肩にブラックロックのグッズが入ったバッグをさげ、熱心なファンであることが一目でわかった
「あんな風にメンバーの前に飛び出したら危ないじゃない! オバサン!」
三つ編みの子がちょっとキツい口調で言った、日本語だ!
「メンバーのボディガードマンに目をつけられたら、私達も出禁になるのよ! 追っかけのルールは守らないと!オバサン」
ピンク髪の子が続ける、日本語といってもかなり韓国訛りがある
「オッ・・・オバサン?」
沙羅は今初めて自分が「オバサン」と呼ばれたことに気づき、思わず目を丸くした
ペラペラ・・・「あっ、あのねぇ! 私は年齢より若く見えるって町じゃ評判でっ・・・こっこの間なんか美容師さんに『高校時代から全然変わりませんね』って言われたんだからって・・・まぁそれはさすがにお世辞だろうけどっ――」
ついムキになって言い返したものの言葉の途中で我に返った、彼女達から見れば確かに自分は「オバサン」だ
沙羅は苦笑いを浮かべ、胸の中で小さくため息をついた
ヒソヒソ・・・「イルボニンよ」
「やっぱりイルボニンだわ」(※韓国語で日本人のこと)
二人は何やらヒソヒソと囁き合っている
「ねぇ、オバサン、誰ペン?」
ピンク髪の子が興味津々に尋ねてきた、若い韓国人に日本人は実はとても人気がある、そして二人供とても日本語が上手だ
「ぺ・・・ペン?」
沙羅は一瞬、言葉の意味がわからず首をかしげた
「韓国語で『ファン』って意味よ!」
三つ編みの子が少し呆れたように説明する、沙羅は意味がわかりポッと頬を染め、恥ずかしそうに呟いた
「り・・・力かな?」
二人はまたヒソヒソと囁き合う
ヒソヒソ・・・「イルボンのリキペンよ!」
「リキペンだわ」
「日本からわざわざ追っかけて来てたオバサンよ」
「根性あるわ」
彼女達の声にはどこか感心したような、でも少しからかうような響きがあった
「とにかく! 日本から来てるからって迷惑行為だけは止めてね、オバさんサセンなの?」
三つ編みの子がきっぱりと言う
「サ・・・セン、サセン?私が?まさかっ!」
沙羅は少しあっけにとられながらも彼女達の熱いファン心を感じ取った
「私達はあくまでブラックロックを陰ながら応援してるの! 出待ちで勝手に声をかけるのも、プレゼント渡すのも抜け駆け禁止だから!」
ピンク髪の子が付け加える、そしてまた二人でボソボソ話し出した、沙羅は二人の少し後で聞き耳を立てた
「こんなオバサン放っておいて早く次の現場行こ! 力達、今度はラジオ収録だよ!」
ピンク髪の子が言った、彼女の手にはブラックロックのロゴが入ったキラキラしたポーチが揺れている、ポーチのファスナーからは力の顔がプリントされたぬいぐるみが覗いていた
三つ編み眼鏡の子がゴソゴソとバッグから分厚い手帳を取り出した、ページには色とりどりの付箋が貼られ、ブラックロックのスケジュールがびっしりと書き込まれている
彼女達は手帳をパラパラめくりながら、まるで軍の作戦会議のような真剣さで語っていた、沙羅は思わず後ろから手帳を覗き込むが、細かいハングルのメモと時間表に圧倒された
「私達も早くタクシーに乗って、力達が到着する前に現場に行って入り待ちの場所とらなきゃ!」
「Uber予約して」
「出来たよ!あとここに5分で来るって」
「ラジオ局入りの彼らをお見送りしたら、出て来るまで時間あるからサムギョプサル食べに行こうよ!」
ピンク髪の子と三つ編みの子は、まるでブラックロックのスケジュールを分刻みで把握しているかのように、ヒソヒソと熱心に話している。沙羅はまるでマネージャーの様な彼女達の話す内容の詳細の凄さに、あっけにとられていた
―この子達・・・追っかけのプロだわ―
「ラジオ局入りでこの団扇見せたら力からファンサ貰えるかも」
さらにピンク髪の子がバッグから大きな団扇を取り出して得意げに振ってみせた、団扇には力の笑顔と「리키 화이팅!(リキ、ファイティン!)」という文字がデカデカと書かれている
彼女の目はキラキラと輝き、これからの予定に胸を躍らせている様だった
「うん、ラジオが終わるの四時だから、お見送りでこのお手紙も渡せるかも」
三つ編みの子がバッグから丁寧に折り畳まれた封筒を取り出してそっと確認する、沙羅はそれを見て、複雑な気持ちになった
この子達は偽物の力に手紙を渡そうとしている・・・でも、彼女達がブラックロックを愛する純粋な気持ちは本物だ
「そこからKBSでスタジオ収録ね! 今日のところは追っかけもそこまでかしら」
「終了時間は夜中になるものね、10時までに帰らないと親がうるさいの」
「じゃぁ早く行こ!入り待ちと出待ちにもいたら、顔認知してもらえるかも! あたし拓哉に(お疲れ様)って言いたい!」
「さぁ!行こう」
「うん」
「ねっ!ねぇ、ちょっと待って!」
沙羅が呼び止めると二人はピタリと立ち止まって同時にくるっと沙羅の方を向いた
沙羅は手を祈る様に顔の前で組んで言った
「いっ・・・一緒に行動してもいい?」
力の偽物の存在・・・
沙羅が本物の力を探している事をこの二人に話すべきか迷ったが、やはりここはただの力好きの日本から来たオバサンの方が良さそうだとそれ以上は何も言わなかった
私はただの『リキペン』・・・ただのいちファン
二人は顔を見合わせてヒソヒソと囁き合っている
ヒソヒソ・・・
「どうする? 」
「オバサンの力ペンだけどガッツはあるみたいよ」
「日本から来たなんて、よっぽど会いたかったのね」
「金持ちかもよ?仲良くなる?」
それを聞いた沙羅がたたみかけた
「タクシー代は私が出すわ!サムギョプサル食べたいの?おごってあげる!」
沙羅は「トムとジェリー」のジェリーの様に上目遣いで目をパチパチさせた、途端に追っかけ二人の目が輝いた
ヒソヒソヒソ・・・「金持ちだわ」
「金持ちよ、だって社会人リキペンオバさんだもの」
「私達学生貧乏追っかけにとって、神的存在よ!」
「どうする?仲間にする?」
「しよう!しよう!」
三つ編みの子が沙羅に言った
コホン・・・「まぁ・・・オバサン、ルールを守るなら一緒に来てもいいけど」
「ルールは守ってね!あと力達に迷惑行為だけは止めてね!でないとあたし達皆が出禁になるから」
キャァ!「ありがとう!」
沙羅の言葉に途端に二人の目がキラキラし出した、やっぱりこの「イルボンリキペンオバサン」は金持ちだと思っているのだ、こういう社会人金持ちオバサンペンは乏しいお小遣いで追っかけ活動をしている彼女達にとって、救いの神だ
「じゃぁ急ぐよ! タクシー来た!」
「うん!」
沙羅は二人の後を追いながら心の中で思った、この子達がメンバーのスケジュールをこんなに詳しく知ってるなら・・・拓哉君達と接触出来るかもしれない
この子達についていったら、何か手がかりを掴めるかもしれない・・・ 沙羅はPAPAGO翻訳を握りしめ、ラジオ局に向かうタクシーに乗り込む二人の後を追いかけた
ソウルの街は相変わらず騒がしく、ブラックロックの音楽がどこからか流れてくる、沙羅の心は力と音々のために戦う決意で燃えていた