「ごめんね。ちょい待ってね」
実篤はくるみを抱き締める腕を緩めると、携帯を手に取って画面を見た。
「鏡花じゃ」
くるみにも分かるようにつぶやくと、唇に人差し指を当てる仕草で「しーっ」と声を出さないよう伝えて、スピーカー通話にする。
「もしもし?」
『あー、もう、お兄ちゃん! 至急で用とか何なん⁉︎ 碌でもない用事じゃったら私、怒るよ? 何かモテ期が到来したかも知れんけん、忙しいんじゃけ! これからくるみちゃんと合流して作戦も練らんといけんし。悪いんじゃけど手短に話して?』
開口一番場違いなことを言って、声に棘を滲ませる鏡花に、実篤は小さく吐息を落とした。
これには腕の中のくるみも、驚いた顔をして実篤を見上げてくる。
「あんなぁ、鏡花……」
――それ、きっと仕組まれた罠じゃけ、一旦落ち着き?
そう続けようとして、実篤は慌てて口をつぐんだ。
電話だと、周りに誰がいてどう言う状況でこの電話を掛けてきているのか分からないではないか、と気が付いたからだ。
もしかしたら、今実篤がくるみにも聞こえるように、とスピーカー通話にしているように、鏡花の方も鬼塚側の指示でそうしていないとは限らないと思って。
「お前、その口振り! さてはくるみちゃんの具合が悪うなったん、知らんのんじゃろ? 俺、今くるみちゃんと一緒におるんじゃけど……」
――お前も来い。
そう言おうと思ったら、やや食い気味に『ちょっ、今どこなん⁉︎』と鏡花が被せてきた。
実篤は鏡花のその言葉を聞いて、(さすが俺の妹)と嬉しくなって。
自分のチャンスよりも友人のピンチを優先しようとする鏡花のことが、兄として堪らなく誇らしく思えた実篤だ。
「とりあえず身支度整えてエレベーターん所に。迎えに行くけん」
何があるか分からないし、なるべくならこの部屋の所在を知られたくない。
警戒しながらそう言ったら、『はぁ? 迎えにって馬鹿なん? 弱っちょるくるみちゃんを一人にするとか有り得んじゃろ』とか。
くるみが体調不良という設定にしてしまった現状で、いちいちご尤もな説教をしてくる鏡花に、実篤は小さく吐息を落とした。
「――あー、それじゃあ、電話繋いだまま一階ロビーまで来て? くるみちゃんと待っちょるけん」
(電話を切ったら鏡花が危のぉなるかも知れんけぇな)
そんなことを懸念しながらそこまで話して、通話口を押さえながらくるみの耳元。「俺、鏡花を捕まえて家に帰して来るけん、くるみちゃんはここで良い子して待っちょってくれる?」と囁いた。
今鏡花に話した言葉で、てっきり一緒に行けると思っていたんだろう。
くるみは一人にされると知って、一瞬だけ不安そうにギュッと実篤の服を握って。
それでもすぐに気持ちを切り替えたみたいに気丈にもコクンと頷いた。
それを見た実篤は、胸がギュッと締め付けられて、急きょ路線変更を余儀なくされる。
「やっぱり一人にしちょくんは俺が不安じゃわ。外に出るん、今は怖いかも知れんけど俺が守るって誓うけん。ごめんけど一緒に来てくれる?」
小声で落とされた実篤の言葉に、くるみがパッと瞳を輝かせた。
(俺が一緒に居りゃあ、もし途中で鬼塚に出会ーても何とかなるじゃろ)
とりあえず、今は一刻も早く鏡花を捕まえることを優先しよう。
鏡花さえ無事だと分かれば、きっとくるみも心から安心出来るはずだから。
くるみと手を繋いで、たったいま入室したばかりの一三〇一号室を後にしながら、実篤はそう思った。
***
兄の指示通り電話を繋げたまま、周りに気付かれないよう、心の中で密やかに小さく吐息を落とした鏡花だ。
と言うのも――。
*
くるみから離れて御手洗いに行って、さぁ戻ろうと思った矢先、見知らぬ――いや、どうやら名札から察するに同窓生のようだから本当に知らないわけじゃないかも知れないけれど――男三人に取り囲まれた。
これが、三人ではなく一人ならば「きゃ〜♥ 言い寄られる予感⁉︎」とか喜べたかも知れないけれど、三人一気に、は明らかにおかしい。
鏡花だって馬鹿じゃない。
すぐに意図的に足止めされていると勘付いた。
自分一人だけなら強い態度に出て振り切るのも有りなのだが、会場内にくるみを残してきている。
下手なことをしてくるみに何かあったら、実篤に合わせる顔がないではないか。
それに、(もしかしたらくるみちゃん目当てでの足止めかも知れん)とも思った鏡花は、何とか会場に戻ってくるみと合流したくて堪らなかったのだけれど――。
敵も、三人ともなるとさすがに手強くて。
何とかして、どこかで忠犬よろしく「待て」をしているはずの愚兄と連絡が取れんもんじゃろうかと歯痒い思いの鏡花だ。
それにしても――。
栗野家の男たちは一八〇センチないからそんなに威圧感がないけれど、コイツらみんな一九〇センチ近くない? デカすぎじゃろ!と、壁のような体躯にイライラが募る。
(会場出入り口の辺とか全然見えんじゃん!)
実際、それも目的のひとつなのではないかと勘繰りたくなるぐらいに、ひょこひょこと鏡花が会場を気にして身体を動かすたび、男たちが視界を遮るように前に立ちはだかるのだ。
都会の大手銀行窓口で培った、〝お客様が第一です♥な営業スマイルスキル〟がなかったら、きっと心の中でつきまくりの舌打ちが、表情に出てしまっていただろう。
(ぶっちゃけ凄く面倒くさいけど、何とか穏便に現状を打開せんと)
そんなことを思いながらも、眼前の男達が問い掛けてくる「栗野さん、今どこに住んじょるん?」だの「高校ん時の部活は何じゃったん?」だの言うどうでもいい質問に、可愛らしい笑顔を振り撒きながら「え〜。今は東京に住んじょりますぅ〜」とか「高校生の頃は簿記部でしたぁ〜。地味で恥ずかしいけん、ここだけの話ですよぉ〜?」とか当たり障りのないレシーブを打ち返している鏡花だ。
(我ながらグッジョブ!)
心の中で、出来る自分にサムズアップを送りつつ、いい加減笑顔が引きつって本性が出そうなので何とかせんとなぁと思う。
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