「…バレー、」
梟谷学園グループとの合宿2週間前の部活中。烏野高校排球部の面々はいつもと変わらず部活に取り組んでいた。
そんな中体育館の外に1人の生徒が立っていた。髪は栗色で癖っ毛が抜けていないボブ。まるで人の事なんて興味ないとでも言いたげな冷めた目。そして固くつぐんだ小さな口。その顔は体育館の練習風景を見ていたが、体は自転車の置いてある駐輪場に向いていた。
「きみ、どうしたの?」
その横の渡り廊下を通りがかった排球部マネージャー、清水がその生徒に話しかける。
「あの、えと…バレー部、入れますか。」
清水から少し目を逸らしつつおどおどとその生徒は話す。
「問題ないと思うけど…今の時期から入部?珍しいね?」
普通、部活に入る生徒は入学式の一週間後には既に入部を済ませている。だが今は一学期末テスト直前。この時期の入部はなかなか珍しいものである。
「あ…今日転校してきたので。」
「あー、なるほどね。チョット待ってて!先生呼んでみるから。」
事情を聞いた清水は顧問である武田を呼びに体育館へ走って行った。少ししてその生徒は清水に呼ばれ体育館に入ることになった。
「君が入部を希望してる人?」
武田が少し目を輝かせて聞く。彼にとって部員というものはとても大切なもののようだ。
「あ、はい…」
ドギマギとした口調で答える。
「入部届けとかってある?」
武田に質問されると、その生徒は自分のバックから一枚の紙を手渡した。
名前 仲杜明希(ナカモリアキ)
クラス 1年2組
希望部活 男子排球部
「よし、仲杜さんね。よろしく!この部活は女子はマネージャーなんだけど、大丈夫?」
武田が仲杜に聞く。しかしその質問に仲杜は気まずそうに答える。
「あの、僕男です。選手としてプレーしたくて」
この言葉に武田も清水も目を丸くする。
「あ、そうなの!?ごめんね!あんまり可愛いものだから僕てっきり女の子かと!」
「慣れてるので大丈夫です。それに女の子みたいって言われるのは嫌じゃないので。」
「んじゃ、とりあえず入部に関しては問題なし!今みんな集めるから、その時ちょっとだけ自己紹介してくれると助かるな。ほら、ポジションとか!」
そういうと武田は烏養を呼び、新入部員がいることを話す。烏養は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに部員全員を集合させた。
「えー、皆さんにお話があります!」
武田が元気に言う。部員からは期末テストのことだろうかという不安の声と合宿のことかという期待の声が出ている。
「先ほど入部した新入部員の仲杜さんです!では、自己紹介をよろしくお願いします!」
新入部員と聞いてざわつく一同。春高が近い中そんなことを言われて少しでも不安になるのは当たり前だろう。
「え、えと1年1組の仲杜明希です。身長は156で、ポジションはリベロです。今日転校してきて、前は東京の学校に行ってました。」
「お、お前もリベロか!!やっぱかっこいいからか!?それとも身長で選んだのか?」
西谷が仲杜にグイグイと質問攻めをする。彼にとっては自分ではないリベロがチームにいることが初めてなのだろう。
「…リベロがボールを綺麗に上げさえすればそのボールは必ずセッターがボールをセットしてくれるんです。そしたらきっとスパイカーが点をとってくれる。リベロが上げるだけで、です。リベロがいる限り点は取られないし、点は取り続けることができる。これって凄いことなんだって…小学生の時の友達に言われたんです。」
この言葉に田中や日向はキョトンとしていたが、他の部員は納得したかのように笑みを浮かべている。
「ちょっとよくわかんなかったッスけど!俺とか影山が入部した時に月島たちと試合したじゃないっすか!あれ仲杜はしなくていいんすか?」
あれ、というのは日向と影山が入部するために澤村に課された試練のようなもので、他の学年でも入部した際は初めに空気慣れのための試合をするそうだ。
「そうだな…どうする?今回も前とおんなじ感じで3:3でするか?」
澤村が菅原や東峰に聞く。
「今回は4:4でしてみね?だって仲杜リベロだし。3:3は流石にきついべ?」
「そうだね〜、チーム分けは…」
Aチーム
西谷 日向 影山 山口
Bチーム
仲杜 月島 田中 菅原
「こんなんでいいんじゃない?」
「一年は全員入れるとして、俺が仲杜と一緒でいいのか?影山とかと合わせてみるべきなんじゃねーの?」
「旭にしては結構いいんじゃないか?影山はセッターとして有能すぎるから、仲杜の実力を見るならスガがちょうどいい。それに田中なら攻撃とかも合わせやすいだろうからな。」
「ちょっと俺にしてはって何さ!?」
「んじゃ、その8人はコート行ってこい!仲杜はアップしてから入れよ!あと澤村はあんま東峰をいじめんなー!」
「うす!」「ねぇ〜!!」
そうして試合が始まった。サーブはAチームの影山からだ。前衛の山口と日向は自分の後頭部を守るようにして手を上で組んでいる。
「影山ナイッサー!!」
サーブが頭に当たる心配がない西谷が大きい声で言う。それと同時にこちらの後衛である田中と仲杜がレシーブの体制に入る。
キュキュッ…ダンッッ!!
ジャンプサーブ、日向風にいうと殺人サーブが繰り出される。威力や速度もだが軌道がかなり曲がる。初見で取れる者はそうそういない。
「うわ、出たよ王様サーブ…」
このサーブには月島も多少狼狽える。そのサーブが仲杜に向かって飛んでくる。
トッ
それを仲杜は綺麗にあげた。回転を緩め速度を少し落とした完璧なAパス。今まで体育館の端で応援をしていた澤村や縁下の声が一瞬止む。
「ナイスレシーブ!!」
そのまま菅原は田中にトスをあげバックアタック。こちらに一点が入る。
突然声援が止んだこと、そしてレシーブをした後からみんなが驚いた顔でこちらを見られていることを不思議に思いつつ仲杜が言う。
「…すみません、ちょっと短かったですかね。」
「いや…、いやいやいやいや、何今のレシーブ。王様のサーブ一発で綺麗にあげれるのおかしいでしょ。」
「そーだぞ!今の俺ならぜっっっ対にあげれねぇわ!」
「…今年の一年どうなってんだべ???」
Bチームの面々が仲杜に詰め寄る。仲杜にとってはみんな10センチ以上の差があるのではたから見るとすごい光景である。
「うぉーい!なんだよ今のレシーブ!!すっげー!!」
向こうのコートからも単細胞2人が歓声を上げている。影山の舌打ちは山口にだけ聞こえたようだ。末恐ろしい。
「これはまた…凄い子が入ってきたもんですね…」
「だな。次のスタメンは本当に一年ばっかりかもな…」
武田と烏養が感心したようにも、少し引いているようにも見える程驚きを隠せていないまま話をしている。谷地は腕もげる…でももげてない…と独り言を呟き、清水は真剣にコートの選手を見ていた。
「ほらー!次サーブ田中だべ!」
「うっす!」
ピッ!__________
試合が終わり、結果は2-1でBチームの勝ち。
最終下校が近かったためそのまま部活は終わり。みんな整理運動や片付けをし始めた。
「仲杜すげーよ!!のやっさんはこう…グワーッて感じだけど全体的にストンッていうかスタッて感じだったぞ!」
田中はそう言いながら休もうとしていた仲杜の頭をワシャワシャッとした。仲杜はそれがうざったいようですぐ手を跳ね除け、清水にもらったタオルで頭を覆いながら体育館の端に体操座りをした。
「す、凄いね仲杜さん!小さい頃からバレーしてたりしたの?」
山口が仲杜と目が合うぐらいにしゃがんで話しかける。山口はインターハイで一年の中で唯一スタメンではなかった。そしてピンサーとして入ったもののサーブミスですぐにベンチに戻されてしまった。しかし仲杜は西谷と同じ、それか少し上の実力を持っている。つまり今後仲杜がスタメンになる可能性がとても高い。
途中から入ったやつに自分が追い求めているスタメンという立場をとられるのは不安だろう。しかし彼はそんなことは表に出さない。でも相手のことを知っておこうとは思う。
「小さい頃は…さっき言った友達がね、バレーうまかったから少しだけ一緒に遊んだりしてただけだよ。10歳ぐらいからは東京の親戚の兄ちゃんもバレー凄く上手だったから一緒のクラブとか部活とか入ってたよ。」
「10歳から?それより前はそのお兄さんとはバレーしてなかったの?」
「…元々はこの辺に住んでたんだよ、僕。でもその時ぐらいに東京に引っ越したんだ。それからその兄ちゃんと暮らし始めたから、正直それ以前は存在すら知らなかったかな。…それじゃ、僕帰るね。家のことしなきゃだし。」
そう言って立ち上がり、タオルを清水に返して鞄を持ち上げながら体育館を出て行った。
「なぁーんか、感じ悪いよなー。第二の王様?月島?って感じで!」
「うっせぇ日向ボケェ!!」
「…全部俺がやればいいと思ってます笑」
「月島ボケェ!!」
1年ズは影山いじりをしだして帰る気配がない。
「…俺一年にレシーブ負けたら何も残らない気がしてきた。」
「ははは…笑がんばれ主将!」
「そっすよ!つーかリベロである俺の方がスタメン取られそうでやばいんすからね!!」
「いやー、攻撃特化のWSで良かったと思うよ、本当に。」
「でも頼もしいですよねー、こうもレシーブ上手い奴らが増えると。」
2年ズ3年ズはとにかく仲杜ヤベェという話になった。そうこうしているうちに全員が帰路につき、烏野第二体育館は電気を消した。
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