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第50話:次なるステップへ(3D化の匂わせ)〜250万円の夢と、再び回る歯車〜
『※本プロジェクトにかかる3Dモデリング制作費、およびスタジオ使用料の半額(約250万円)につきましては、ルシフェル様にご負担いただく形となります』
帯広市のボロアパート、四畳半。
床に転がったプレミアム粗挽きコーヒーの缶から、茶色い液体がトクトクと畳に染み込んでいくのにも構わず、俺は三十一万八千五百円のゲーミングPCのモニターを死んだ魚のような目で見つめていた。
「にひゃく、ごじゅうまん……」
つい数時間前。
俺は八十四万五千二百円という巨額の所得税を国に納め、「これで俺も立派な納税者だ! 社会のしがらみから解放されたぞ!」と、帯広の空に向かって真の自立を叫んだばかりだった。
生活保護という底辺から這い上がり、やっとの思いで手に入れた「ゼロ(フラット)」な状態。
これからは、ケースワーカーの鈴木さんに怯えることもなく、マイペースにカップラーメンでもすすりながら、のんびりと小銭を稼いで生きていくんだ。そう、隠居した老人のような平和な未来を夢見ていたのに。
「なんで……なんで休ませてくれねえんだよ、資本主義は……っ!」
俺は両手で頭を抱え、モニターに映る『株式会社スターダスト・プロダクション』からのメールを睨みつけた。
3D化。
それは、一枚のペラペラなイラスト(Live2D)で活動している俺たち個人VTuberにとって、まさに雲の上の『神の領域』だ。
全身の動きをモーションキャプチャーで読み取り、仮想空間で飛んだり跳ねたり、他のVTuberと物理的(バーチャル的)に触れ合ったりできる。トップクラスの企業勢だけが許された、圧倒的なエンターテインメントの極致。
あのアリスとのコラボで『アイドルの駆け込み寺』としてバズり散らかした俺に対し、スタプロの運営は「ルシフェルさんの3Dモデルをうちの最高峰の技術チームで作り、公式の3Dスタジオでアリスとコラボライブをしませんか?」という、VTuber界隈がひっくり返るような超特大のオファーを叩きつけてきたのだ。
「……やりてえ。めちゃくちゃ、やりてえ……っ」
俺の胸の奥底で、忘れかけていた『野心』の火種がパチパチと音を立てた。
四十歳のおっさんが、美少年の3Dアバターを被って、数百万人の前でトップアイドルとバーチャル空間でコントをする。そんな狂った夢みたいな現実が、今、手を伸ばせば届くところにある。
「だが……問題は金だ!」
俺はオンラインバンキングの残高を確認した。
現在の預金残高、約百九十万円。
3D化の費用、二百五十万円。
「足りねえ! 税金払ったせいで、物理的に六十万足りねえじゃねえか!! なんで税金引かれる前の残高(二百七十万)ならギリギリ払えた絶妙なタイミングで、このオファーを寄越してきやがるんだスタプロの運営は!!」
しかも、だ。
仮に今からリスナーに泣きついて、足りない六十万円のスパチャを投げてもらったとしよう。
だが、YouTubeのスパチャは、手数料としてGoogleやAppleに約30%を中抜きされる。手元に六十万残すためには、約九十万近い額を投げてもらわなければならない。
さらに! その九十万は『今年の売上』に加算されるため、来年の所得税や住民税、国保がまたドカンと跳ね上がるのだ。
「終わらねえ……。稼いでも稼いでも、税金と手数料と『次のステップへの投資』で、一生金に追われ続けるシステムになってるじゃねえか……っ!」
俺は畳をバンバンと叩きながら、三十分ほど一人で悶え苦しんだ。
だが、結局のところ、俺の体に流れる『エンタメに魅入られたVTuberの血』が、この最強のオファーを断るという選択肢を許さなかった。
ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
その日の夜。
俺は、覚悟を決めて配信の開始ボタンを押した。
『【重大発表】俺、受肉(3D)するかもしれない。けど絶望的に金が足りない』
サムネイルには、白黒になった俺のアバターと、『2,500,000円』という生々しい数字。
配信が始まるやいなや、待機していた数万人のリスナーが狂喜乱舞してチャット欄を埋め尽くした。
『うおおおおお!! 3Dキターーー!!!』
『スタプロのスタジオ!? ガチじゃねえか!!』
『おっさんが3Dで動くの想像しただけで腹痛いwww』
『アリスちゃんとの3Dコラボ!? 絶対見るわ!!』
『ついに神の領域へ!』
「落ち着けお前ら! まだ『するかもしれない』だ!」
俺はマイクに向かって、咳払いを一つした。
「いいか、話は最後まで聞け。スタプロの技術で3Dを作ってくれるのはありがてえ。だがな、その費用とスタジオ代の折半で、俺が払わなきゃならない金が『二百五十万』なんだよ!」
『安っ!』
『スタプロの3Dで250万は破格だろ!』
『企業が半分持ってくれてるんだな、すげえ』
「安くねえよ!! 俺の金銭感覚をバグらせるな!!」
俺は三万円のゲーミングチェアから身を乗り出し、カメラに向かって吠えた。
「お前ら、俺が今朝、八十四万の税金を国にカツアゲされたばっかりなのを忘れたのか!? 今の俺の全財産は百九十万! 物理的に六十万足りねえんだよ!! それに夏と秋には五十六万の予定納税も控えてる! つまり、俺は今すぐ『最低でも二百万』を稼ぎ出さなきゃ、このオファーは受けられねえんだ!!」
俺のリアルすぎる『自営業の資金繰り(火の車)』の叫びに、チャット欄はいつものように大爆笑に包まれた。
『税金払ったその日に新たな借金(250万)を背負う男ww』
『資本主義の奴隷』
『おっさん、一生休めないなww』
『ジェミニ先生、おっさんがまた金策で泣いてます!』
「笑うな! 俺は今、本気で悩んでるんだ! このオファーを断って、堅実に細々と生きていくか……それとも、なけなしの貯金を全部突っ込んで、さらに足りない分を稼ぐために、再び修羅の道(税金地獄)に戻るか……!」
俺が悲痛な顔で頭を抱えていると。
画面の端から、あの『お約束』のエフェクトが、一つ、また一つと弾け始めた。
『スーパーチャット:50,000円(ルシフェル! お前が3Dで動く姿、絶対に見せてくれ!)』
『スーパーチャット:10,000円(アリスちゃんとのコラボのためだ! 投資してやる!)』
『スーパーチャット:50,000円(3D化おめでとう! これで税金も3D(立体的)に増えるな!)』
『スーパーチャット:5,000円(和尚の3D説教、楽しみにしてる!)』
「だァァァァァァァッ!!!」
俺はマイクが割れるほどの声で絶叫した。
「だから! スパチャを投げるなと言ってるだろうが!! お前らが投げた金は30%中抜きされて、さらに残った額は『今年の売上』になって、来年の税金がまたバカみたいに増えるんだよ!! お前らは俺を『消費税の課税事業者(売上一千万オーバー)』の地獄に叩き落とす気か!!」
『スパチャ:10,000円(いってらっしゃい、インボイスの世界へ!)』
『スパチャ:50,000円(夢(3D)を追うおっさん、最高に輝いてるぜ!)』
『wwwwwwwww』
『税金の無限ループ第2章・開幕』
『稼げば稼ぐほど首が締まるエンターテインメント』
リスナーたちは、俺が税金に怯えて喚き散らす姿をこの世の最高の娯楽として消費し、怒涛の勢いで赤スパの雨を降らせ続けた。
画面に表示される『本日の推定収益』が、再び恐ろしい速度で跳ね上がっていく。
「やめろォォォ……! もうやめてくれぇ……! 俺はただ、税金を払い終わって、平穏な朝を迎えたかっただけなのに……ッ!」
俺は机に突っ伏し、七色に光るPCのファンの音を聞きながら、嘘泣き交じりに喚き散らした。
だが、その実。
机に伏せた俺の口角は、自分でも制御できないほどに、ニヤァッとだらしなく吊り上がっていたのだ。
(……悪くねえ)
俺は心の中で、そっと呟いた。
社会の底辺で、誰からも期待されず、ただ市役所のケースワーカーに怯えて息を潜めていたあの日々。
それに比べたら。
「3D化」という途方もない夢に向かって、数万人の人間が腹を抱えて笑いながら、俺の背中を札束で殴って(押して)くれている今のこの状況は、最高に生を実感できる『天国』じゃないか。
「……上等だ、お前ら!!」
俺はガバッと顔を上げ、涙を乱暴に拭い去ってカメラを睨みつけた。
「お前らがそこまで言うなら、やってやらぁ!! スタプロのスタジオで、3Dの体手に入れて、大暴れしてやるよ!! その代わり、俺が消費税払えなくて破産しそうになったら、お前らの家まで直接取り立てに行ってやるからな!! 覚悟しとけェェェ!!」
『うおおおおおおおお!!』
『漢・ルシフェル! 3D化決定!!』
『全力で税金増やしてやるからな!!』
『インボイスの向こう側で待ってるぜ!!』
かくして。
税金を納め、一度は「真の自立」を果たして身軽になった四十歳のおっさんは。
「3D化」という新たな、そしてとてつもなく巨大な夢と金食い虫に魅入られ、再び自ら進んで『無限納税ループ』の修羅道へと足を踏み入れていくのであった。
コメント
1件
第50話、めっちゃ面白かったです!!😭💕 おっさんが税金払ってやっと一息ついたと思ったら、次の瞬間に250万の巨大オファーが来るっていうジェットコースター展開、もう笑いすぎて腹筋死にましたww でも「3D化」という夢に向かって、リスナーと一緒に修羅道に突き進んでいくルシフェルさん、かっこよすぎません?!「最高に生を実感できる天国」って言い切ったあのシーン、痺れました…✨ おっさんの挑戦、これからも全力で応援してます🔥