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息だけが、やけに大きく響く。
距離はもう、ゼロどころじゃない。
逃げ場も、余裕も、とっくに消えている。
「……っ、は……」
チャンスの呼吸が、明確に乱れる。
さっきまで残っていた“余裕”は、
もうほとんど形を保っていない。
(……やばいな)
頭のどこかで理解している。
これ以上は——崩れる。
完全に。
でも
「……は、はは……」
笑ってしまう。
苦しさと楽しさが混ざったような、歪な笑い。
「どうした」
すぐ近くで落ちる声。
マフィオソのそれは、変わらず低く、安定している。
「……まだ、いけんだろ」
強がり。
けど、その声はもう掠れている。
「限界だな」
淡々と告げられる。
「まだだって……」
言い返そうとして、
言葉が続かない。
呼吸が、追いつかない。
思考も、少しずつぼやけていく。
(……くそ)
負ける。
分かっているのに、
止める気がない。
むしろ——
「……っ」
指に力が入る。
無意識に、掴む。
マフィオソの背中。
シャツ越しの感触。
そのまま——
強く、爪を立てる。
「っ、」
布越しでも分かるほど、しっかりと。
引っ掻くように。
逃がさないみたいに。
マフィオソの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
わずかに。
ほんの、わずかに。
「……」
沈黙。
だが、チャンスはそれどころじゃない。
「……は……っ」
完全に崩れる。
体の力が抜ける。
抵抗も、駆け引きも、全部ほどけていく。
ソファに沈み込む。
視線も定まらない。
「……っは……」
息が荒いまま、笑う。
「……はは……マジで……やるじゃねぇか……」
負けを認めるわけじゃない。
でも
“崩された”ことは、完全に受け入れてる。
マフィオソは、静かにそれを見下ろす。
呼吸は乱れていない。
だが——
視線が、わずかに落ちる。
自分の背中へ。
シャツに残る感触。
じん、とした違和感。
手を回して触れる。
指先に引っかかる。
布越しでも分かる、
爪の跡。
「……なるほど」
低く呟く。
チャンスはぼんやりとそれを見る。
「……っは……文句あんのかよ……」
まだ息が整っていないまま、笑う。
「……仕返し、だ……」
その言葉に、
マフィオソはしばらく何も言わない。
静かに、
もう一度、その跡に触れる。
「……いいや」
ぽつりと落とす。
「悪くない」
「……は?」
チャンスが少しだけ目を開ける。
マフィオソは視線を戻す。
その目は——
さっきまでとは、少し違う。
「消える前に」
ゆっくりと言う。
「もう一度、刻まれるのも悪くない」
「……っ」
チャンスが一瞬、固まる。
理解が追いつく前に、
口元が歪む。
「……はは……何だそれ」
まだ呼吸は荒いまま。
でも、笑う。
「お前の方がヤバいだろ」
「そうかもしれんな」
否定しない。
そのまま、少しだけ距離を詰める。
今度は圧じゃない。
ただ、確かめるような距離。
「……お前は」
低く、静かに。
「消えるものでも、構わず刻む」
一瞬、沈黙。
「なら私は——」
言葉が続く。
「消えないようにしたくなる」
空気が、変わる。
チャンスの目が、わずかに細まる。
(……ああ)
分かる。
これ、もう
ただの勝負じゃない。
「……やめとけよ」
小さく言う。
「後戻りできなくなるぞ」
マフィオソはわずかに笑う。
「最初から、そのつもりだ」
「……は」
チャンスは天井を見る。
息を整えながら。
「……ほんと、退屈しねぇな」
指先が、無意識にまた動く。
今度は、自分の首元じゃない。
さっきつけた場所を思い出すように。
「次は」
ゆっくり言う。
「もっと残してやるよ」
その言葉に、
マフィオソの目がわずかに細まる。
「期待している」
短い返答。
だがその中にあるのは——
明確な“受け入れ”。
そして
互いに刻み合う関係の始まり。